6,小鳥の夢
薬屋・リコリス。それがこの家である。
玄関を開けるとリコリスの店内になっており、基本シオンが店番をしている。
店からは暖簾のかかった廊下、カウンターの内側の扉、棚の横の扉に行ける。
カウンター内側の扉は作業部屋、棚の横の扉は薬の保管部屋だ。
廊下を進むと、右側にキッチンとリビングがあり、左側の奥には暖炉がある。
さらに左側に2階への階段と奥への廊下がある。
2階はそれぞれの個室だ。
ただし、サクラとモエギは2人で1部屋である。
2人がそう希望したからだ。
その部屋だけ少し広く作られていて、2人でも狭いと感じることはない。
元々2人とも小さいからかもしれないが。
入って右側がサクラのベッドである。
モエギが部屋に戻ると、サクラはもうすでに眠っていた。
ベッドに埋もれるようにして眠るサクラを見ながら、モエギは1冊のノートを取り出す。
かなり前から始めた、その日の食事を記録しているノートだ。
これのおかげで最近何を作っていないのかの把握が簡単になり、食事の内容で迷う時間が減った。
ノートに今日の夕飯を書き入れ、明日の朝食を考える。
1人しつこくモエギを嫁に寄こせをと言って来る者がいるが、それも納得の有能さだ。
だが忘れてはいけない。どんなに優秀な嫁っぷりを発揮していても、どんなに少女にしか見えなくても、モエギは男である。
サクラは夢を見ていた。
夢の中の自分は、これから初めて目を開けるところだった。
初めて目を開けて、見えたのは自分の事をジッと見つめてくるモエギの姿。
この時、まだ自分たちは名前を持っていなかった。まだ人の姿にはなれなかった。
モエギは、自分の目と同じ色の毛をしたサクラが気になっていたらしい。
サクラの目とモエギの毛は同じ色で、偶然なのだが毛の色と目の色が入れ替わった対が出来た。
モエギはサクラの半年ほど前に生まれていて、情報屋をしている人の所に居た。
サクラもその人の所で情報を集める手伝いをしながら、よくモエギの後ろをついて回った。
サクラがあちこち飛び出すようになってからはモエギが後ろをついて行くようになり、サクラはモエギが後ろにいるから、と安心して暴走した。そして怒られた。
今の主に出会ったのは、前の主である情報屋の家。
仲良くなった2人が文通するのに、2羽くらい小鳥を持っていけ、という話になったのがきっかけだった。
サクラは前の主が大好きだった。
自分の言葉は分からないようだが、何となく察してくれるし、美味しいご飯もくれる。
でも、今の主を見た時、この人の所にいたら、とっても楽しそうだなと思った。
だから名乗りを上げ、サクラが行くと言ったのを聞いたモエギが慌ててついてきた。
その時サクラは、モエギと離れ離れになる可能性など考えていなかった。
楽しそうだったからついて行こうと思ったし、楽しいところには当然モエギも一緒に居ると思っていた。
後から小言を言われて、初めてモエギが来ない可能性に気が付いてシュンとした。
だが結果的に今も2人は一緒に居る。
変化と言えば数え方が2羽から2人に変わったくらいだ。
人型になっても2人は一緒に居るし、同じデザインの服を着ているから本当に兄妹か双子のようだった。
服の裾にそれぞれの色を入れて、首元には揃いの白と水色のストライプのリボンをつけている。
サクラの服の裾にはフリルが、モエギの裾には何もついていない。色が入っているだけだ。
2人の服はモエギが作っていて、サクラは新しい服を渡されるたびにとても嬉しくなった。
前日に服を決めたりはしないが、2人の服はいつでも対になっている。
時折二人で買い物に出て、店の人に兄妹だと思われるのがサクラの密かな楽しみだった。
血のつながりはない。それでも、モエギは自分の兄なんだ。そう思えて、それが許されている気がして。
サクラは幸せな夢を見た。
モエギと出会うとこをから始まって、主に出会って、他にもいろんなものに出会って、モエギはずっと横に居てくれている。
今までの幸せをぎゅっと濃縮したような夢を見て、幸せなまま目が覚めた。
「おはよー、モエギ」
「おはよう。今日は早起きだね」
「うん。えへへ、あのね、すっごく幸せな夢を見たのー」
まだ半分夢の中なのか、フワフワと笑いながら言うサクラの頭を撫でる。
幸せそうに、眠たげに夢の内容を教えてくれるサクラに、モエギは笑いかける。
「いいな、そんな幸せな夢なら、僕も見れれば良かった」
「一緒に寝ようよ、見れるかもよ?」
サクラの誘いに、モエギは笑う。
確かに幸せな夢が見られるかもしれない。
話しながら着替えて、お互いを見ると今日も見事な対が出来ていた。
短いですが、キリがよかったのです……