0,クロウサギ
ビックリするくらい深夜。
お待たせした可能性があります7章です!
「ひ、ひいぃ!や、やめろ来るなぁぁ!!」
薄暗い平原で、男の悲鳴が響いていた。
鍛えていないわけではない、しっかりとした体格の男が情けない悲鳴を上げている。その目線の先に居るのは深い深い藍色の髪をした、1人の愛らしい少女。
目だけを金色に輝かせ、少女は迷いのない足取りで男に近付いて行く。
「やめ、やめろ、来るなぁ!来ないで……頼むから来ないでくれ!」
男の声など聞こえていないのか、少女は淡々と男との距離を詰めていく。
男は腰が抜けたのかその場にへたり込んでおり、少女から離れることは出来なかった。
少女は、手に持ったナイフをスッと振り上げる。
「嫌だぁあぁあああ!!やめろ、やめてくれぇぇ!!」
「何で?」
少女は少女らしい高く愛らしい声で、極めて不思議そうにそういった。
言いながら手は振り下ろされ、ナイフは男に食い込む。
男の悲鳴がより一層響く中、少女はそれを無視して男に問いかけた。
「何で?何でやめてって言うの?あなたは、女の人にやめてって言われてもやめてなかったのに。キョーカイのシンプサマが言ってたよ?人にされて嫌なことはしちゃいけませんって。人間って、シンプサマの言う事を信じてるんでしょ?シンプサマの言う事は正しいんでしょ?なら、あなたは女の人に同じことをしていたんだから、こうされてもいいんでしょ?何でやめてって言うの?ねえ、何で?」
純粋な、子供の様な疑問。
だが同時に行われるのは残虐な行為。
子供がアリの巣を潰すかのように、純粋な心で動物を虐めるかのように、少女はその純粋な残虐さを男に向けていた。
「が、はっ……た、すけ……」
「ねえ、ねえ何で?何で?答えてよぉ」
「たす、け……て……め、がみ……さま……」
「え、あれ?何で?ねえ何で?」
息も絶え絶えで、意識があるのかも分からない男の呟きを、少女のよく聞こえる耳はきっちりと拾った。
そして、新たな疑問を男にぶつける。
「何で?何で女神さまに祈ったの?人間は、神様に祈るものなんじゃないの?何で女神様なの?あなたは女神さまを信仰してるの?この辺り、女神さまを信仰してるキョーカイはないはずじゃない?ここだけじゃない、世界中、信仰されてるのは神様でしょ?だって、この世界に居るのは神様だけだもん、女神様じゃないもん。ねえ、何であなたは女神様に祈ったの?何で神様じゃないの?ねえ、ねえってば、答えてよ」
男の命を絶つ行為を続けながら、少女は男に答えてと言う。
自分が行っている行為と、男が答えない理由が繋がらないのだ。
男は別の人間に同じことをしていた、だからこれをしてもいい。
男は女神に祈った、その理由を答えてほしい。
その2つの思考は、同じ場所で考えられていない。
男を殴っているから男が答えられない、という「当たり前」に思考が向かない。
向いたとして、それを理解してはいない。
この少女は、無垢なのだ。この種族は、無垢なのだ。
純粋な、子供が抱く疑問をそのまま抱えて生きている。
なぜそうなるのか。なぜそれをしてはいけないのか。
それを正しく教える者が居なければ、この種族はそれを疑問のままに終わらせる。
教会に居る神父は、多くの人間が信じているから正しいのだろう。
その神父が言ってたのだから、人はされて嫌なことを他の人にしないのだろう。
なら、その人間がしていたことは自分がされていい事だ。
純粋に、そう信じて男の命を削った少女は男が動かなくなったことを少し遅れて理解した。
そして、残念そうにため息を吐く。
「女神様のこと、教えてくれなかった……」
シュンとしながらナイフに付いた紅を飛ばした少女に、後ろから声がかかった。
「やあ、黒」
「あ、星花!」
少女は嬉しそうに言って、ナイフを腰のホルダーに仕舞って目線の先に居る夜空の色の毛並みをした猫に走り寄った。
そして、目線を合わせるように地面に座って先ほど答えの得られなかった疑問をぶつける。
「ねえ、人間は神様を信仰するものだよね?」
「そうだね、一般的に信仰されているのは神だね」
「女神様って言ったの。さっきの人間。何で女神様なの?」
「うーん……そうだな、最近、深緑の森に愛し子が根を下ろしたのは知っているかい?」
「愛し子。うん、分かる」
「根を下ろしてから、迷いの森の女神と呼ばれているようでね。それでじゃないかな?」
「信仰されているの?」
「いや、されていないよ。君が今殺めたような人間は、何も信仰してはいないのさ。都合のいい時だけ、助けてもらおうとするんだ」
だからそう、深く気にすることはないよ、とゆるりと尻尾を揺らして答えた猫をジッと見ていた少女は、そういうものかと頷いた。
星花猫は、色々なことを知っている、神の思考の手助けをする神獣の一種。その彼が言うのだから、そうなんだろう。
自身も神獣であるが故、星花猫の知能の高さはよく知っている。
少女は納得して、満足そうに笑った。
目の前の猫はそれを眺めていたが、少女が動こうとしたところで自分の来た理由を告げる。
「ところで、黒。ギューヴィルの毒は知ってるかい?」
「狭間の近くにいる、蛇みたいなのの毒でしょ?」
「そうそう。あれ、人間が採取するのは難しいはずなんだけど、最近出回っているんだよね」
「難しいのに?取り方が分かったから?」
「いや、悪い人がいろんな所に売っているみたいなんだ」
わるいひと。少女は呟いた。
それは、つまり、倒してもいい人?
純粋な目を猫に向ければ、猫はその姿で器用に笑った。
「まだ、居場所も分からないんだけどね?興味があるなら、探してみるといいかもね」
「うん、分かった」
少女はスッと立ち上がった。
闇が広がったくらい平原を、明かりもつけずに歩いて行く。
猫はその後姿を見送り、小さくため息を吐いた。
「これで、良かったのかな?月花が居ないと分からないや」
黒ウサギ。白キツネと対を成す、神獣の一種。
神獣が神獣になった理由は大きく分けて2つある。
1つは、この世界を作る時、神が有用だと思い手元に置いた者。
もう1つは、野放しにするにはあまりに危険だったため、神が手元に置いた者。
黒ウサギは、後者である。
あまりに無垢で、子供の様な純粋な狂気を持った者。
その成り立ちから、身の内に殺戮衝動を抱えた者。
野放しにするには、危険すぎる。
だが、その純粋さ故上手く育てれば無意味に他者を傷つけることもない。
あの個体は、上手く育った方だ。
自らの殺戮衝動をぶつけられる相手を探し、所謂悪人だけを手にかけている。
その少女を、猫は利用したのだ。
悪い人だと言えば、彼女は動くだろうと思った。
今回の毒を出回られている犯人を捜して止めるため、どうすればいいか考えて、思い浮かんだのは黒ウサギの存在。
何が最善なのか判断してくれる対は生憎と近くに居ない。
自分の判断で彼女に話してみたが、これで良かったのかは分からない。
「考えても、仕方ないかな」
猫は小さく呟いて、元来た道を歩き始めた。
評価を頂いたりしてテンションはとっても高かったのですが、自由な時間と気力と語彙力と創作意欲が順番に旅行に行っていたので投稿が遅れました。
待っていてくれた方がいらっしゃいましたら遅れてすみません!
ブクマや評価が増えるとやる気先輩が元気になるので、良ければぜひぽちっと……
あと、誤字報告もとても助かりますのでお気付きの点がございましたらぜひ……下の方にスクロールしていくと誤字報告のボタンありますので(自分で気付け)