12,久しぶり
セルリアたちが到着したのは、アオイが店に入った10分ほど後だった。
それまでカウンターの内側に座ってあれこれ話していたアオイが立ち上がり、セルリアの横に移動する。
「ヒエンさん、知ってるかもしれませんがセルリアです」
「雑ね。まあ、知ってはいるけど」
「セルちゃん、この人は私の師匠。ヒエン・ウィーリア・ハーブさんだよ。長いからヒエンさんでいいよ」
「ひえんさん?」
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
ヒエンはセルリアに笑いかけている。
セルリアもヒエンに対してはさほど警戒していないようだ。
ヒエンの正体を知っているアオイからすると、何となく笑いそうになってしまう光景である。
ちなみにコガネは来て早々錬金術の師匠の所に行ったのでここにはいない。
「マスターも募る話があるやろうし、夕方までガルダ探索してくるわ」
「たんさく」
「はーい。行ってらっしゃい」
気を使ったのかシオンが店を出ていき、当たり前のようにセルリアはついて行った。
小鳥組はすでに遊びに行っている。自由だ。
「さて、本当に久しぶりね」
「ヒエンさんでもそう感じるんですね」
「軽く馬鹿にされたかしら?」
「してないです。純粋な感想です」
話していると、ヒエンさんは軽く笑ってイスから降りた。
そして扉の外に消えていき、看板を持って戻ってくる。
「またそうやってサボる!!」
「いいじゃない。愛弟子が帰ってきたんだから少しくらい」
「少しじゃないんですよ!ヒエンさんの少しは!!」
笑って躱され、アオイはカウンターに突っ伏した。
「あ、そういえば、薬の依頼って来ましたか?」
「女王の花?」
「そうですそうです」
「来たわ。流石アオイちゃんね、ギューヴィルの毒の解毒剤なんて」
褒められるのは、素直に嬉しい。
頭を撫でられるのも、悪い気はしない。
依頼が来た、ということは、薬師会でレシピを渡したあの薬師は作ることが出来なかったのだろう。
ヒエンが作れたのは不思議ではない。
ヒエンはプラチナ級薬師、アオイが最上位になるまでは、最上位に最も近いと言われていた人である。
それに、この人の正体を知っていると作れなかったと言われる未来が見えない。
「……というか、この口調疲れるからやめていい?」
「緩いなぁ……疲れるのに毎日やってるんですか?」
「普段はいいんだよ。素を知ってる人がいるとね、どうにもね」
「完全な素を知ってる人が普段一緒に居ると思うんですけど……」
「奴は別だから」
笑ってカウンターに肘をついたヒエンの髪色が、昼の月から満月に変わっていく。
目の色も空色から夜の空のような色に変わり、声が少し低くなった。
「そこまで解きますか」
「面倒なんだよ」
「知りませんよ」
姿の変わったこの状態が彼女の本当の姿である。
ウィーリア・ディル。先代勇者の1人。
普段はヒエンとしてガルダで薬屋をしている。
アオイはヒエンと呼びなれているからヒエンと呼んでいるが、本人的にはウィルと呼ばれた方が落ち着くらしい。
二つ名は錬金王。女性なのに王。
錬金術を1つの技術として確立させた、錬金術の生みの親ともいえる存在である。
「で、セルリアちゃんは平気かな?」
「端折りすぎです。何がですか?」
「魔力的なもの」
「平気だと思いますよ。コガネも何も言ってないし」
「そっかぁ」
普段から何をしているのか分からないこの人は、一体どこまで何を知っているのか。
紹介する前からセルリアの事を知っていてもおかしくはないと思っていたが、セルリアの魔力の事まで認識しているらしい。
先代勇者はみんな能力値がおかしいので特に何も言わないが、この人滅多にガルダから出ないはずである。
人が魔力を飛ばせる範囲は熟練の魔導士でも自分を中心に140メートルほどと聞いているのだが、この人平然と別の大陸まで魔力を飛ばしている。何なら魔力だけで作業をしている。おかしい。何がおかしいかって多分頭が。
「話は変わるんだけどさ」
「なんですか?」
「ギューヴィルの毒、どう思う?」
「おかしいと思いますよ。そんな簡単に手に入るものじゃないのに」
「そうだよね……モアたちが調べてるらしいんだけど、まだ分からんらしくて」
「先代勇者が調べられないって相当ですよね」
「レヨンちゃんとか何か知らないのかな?」
「ちゃん付けで呼んでたんだ……」
「そこかい」
ちがうだろーとカウンターに突っ伏されたが、レヨンをちゃん付けで呼ぶ人を初めて見たのだから仕方ない。
ちゃん付けに会わないな、あの人。などと考えているうちにヒエンは復活し、どうなのか改めて聞いてくる。
「何も言ってませんでしたよ。何か知ってたら教えてくれると思いますけど」
「じゃあ、レヨンちゃんでもダメなのか……」
「ちゃん付け……」
「そこはいいから」
遠くを見て何か考えている姿は絵画の様だ。
黙っていれば、この人は美しい。本来の姿でも、ヒエンの姿でも。
「何か見つけたら、先代勇者さんたちがどうにかするんですか?」
「どうだろうねえ。あんまり私たちが手を出し過ぎるのも良くないってセザが言ってるし」
「そうなんですか」
「うん。私たちは過去の人間だからね」
何でもないことかのように呟いたその言葉は、どこか悲しみを含んでいる。
その悲しみを退けたくて、アオイは話題を変えた。
やっと出てきたヒエンさん。好きですがなかなか出てこないヒエンさん。出てきたら暴れて帰っていく気がします。