11,いいところに
ガルダは第3大陸で最も第4大陸から離れた場所にある。
向かうのは数日掛けて、別の国で泊まって、と考えていたのだが、出発の2日前に来客があった。
誰かと思って店に向かうと、窓から影が入ってくる。上から降りてくる客など1組しかいない。
「やあ、アオイちゃん」
「いらっしゃいませ、チグサさん」
ニヤリと笑って店の扉を開けた旅商人はアオイを手招きして外に連れ出す。
何かと思えば、アジサシが開店状態になっている。
「アオイちゃんが欲しがるんじゃないかと思ってね」
そう言って奥から出してきたものを見て、アオイは苦笑いした。
「何で知っているんですか?」
「商人の勘さ」
得意げに笑ったチグサから商品を受け取り、代金を払いつつ試しに1つ聞いてみる。
「チグサさん、近々2日ほどお時間ありますか?」
「あるよ?……ああ、ガルダだね?セルリアちゃんも居るから移動に時間を掛けたくないと」
「心を読まないでくださーい」
「ははっ。アオイちゃんは読みやすいからなあ」
「そんなにですか?」
「純粋だからね。商売柄、色々見てると分かるものさ」
そういうものだろうか。
よく分からないが、チグサは軽く笑って馬車に寄りかかる。
見た目は少女なのに、動きが精錬され過ぎていて違和感があるような、むしろ無いような不思議な感覚だ。
「いいよ。ガルダにも用事はあるし。いつ出発だい?」
「明後日、と思ってたんですが、明日でもいいですか?」
「もちろん」
にっこりと笑って答えられ、出発日時変更のお知らせを契約獣に一斉に回す。
皆準備は出来ていたので問題はなく、今回もリコリスに残るウラハに少し申し訳ないと思ったくらいで出発は早まった。
ウラハは気にしていないようで、楽しそうにアジサシで買い物をしていた。
アジサシは基本自由に客間を使うかアジサシの馬車で寝るか決めているので、そこは気にせずに食事だけ人数分出しておく。
出発日の朝も同じように食事を渡し、荷物を積み込んで出発だ。
「ごめんねー」
「いいのよ。楽しんできてね」
「お土産買ってくるね」
「ええ。待ってるわ」
キマイラに行く前と同じような会話をして、手を振ってリコリスを出る。
セルリアが初めて乗る馬車がこれというのは中々感覚がマヒしそうだが、そこは今心配しても何にもならないので考えないことにする。
「飛ばすよ。落ちないようにね」
「はーい。どのくらいで着きますか?」
「今日中には」
「はっや」
「ふふん。うちの馬は優秀だからね!」
得意げに、嬉しそうに言ったチグサに他の団員が苦笑いする。
だが、本当に優秀な馬たちだ。
なぜか荷物を持っているのに空を飛んでいるし、大陸を1日で渡り切るのだからスペックがおかしい。
「まあ、こんなに飛ばすのは久々だし、この子たちのストレス発散でもあるんだ。普段はちゃんと2日日程だよ」
「それでも早いですよ」
流石、世界中を動き回っていると感覚が狂うらしい。
話している間に馬車はどんどん進み、気付けば第3大陸に入っている。
馬車の状態を下から見てみたい気もするが、見えなかったりするのだろうか。
くだらないことを考えている間にも馬車はどんどん進んでいき、大分進んでから下に向かい始めた。
リコリスに来るときは綺麗な白と黒の毛並みをしている2頭の馬だが、このままの状態で人前に出すと面倒ごとに巻き込まれる可能性があるので、定住地に入る時は足に魔道具をつけて魔力を抑えるのだ。
魔道具をつけている間の毛並みは2頭とも茶色になる。
初め、アオイは2頭とも茶色なのだと思っていたので、毛色が変わった時とても驚いた。
今となっては驚きだが、当時は本当に混乱した記憶がある。
セルリアも、目の前で毛色が変わった馬にそっと触れながら何か呟いている。
明らかに混乱している。
「はは。やっぱりそういう反応になるんだ」
「楽しまないでください」
「お馬さん、色……」
「ほら、セルちゃん混乱してるじゃないですか」
「いやあ、いつぞやのアオイちゃんを見ているようだね」
「懐かしまないでくださーい」
笑ってごまかされ、馬車は再び動き始める。
セルリアはしばらくお馬さん……と呟いていたが、流れていく景色に気が移ったのか途中から外を眺める事に集中し始めた。
地面に降りても馬車は速く、降りてそう時間も経たずに丸い塀が見えてきた。
アオイは懐かしむように目を細め、サクラははしゃいだ声を上げた。
円形の国、と呼ばれる理由は、外壁や王城区の塀が丸いから。
第3大陸でもかなり安全な国である。
アオイの師匠が薬屋をやっていたり、世界でも有数の強者パーティー「クリソベリル」の拠点があったり。
他にもいろいろな店がありにぎわうこの国は、観光客も多い。
ガルダの中に入ってすぐにアジサシはわき道に入って馬車を止めた。
「さあ、ここからはアオイちゃんの方が詳しいだろう?」
「はい。ありがとうございました」
「いえいえ、楽しんできなー」
手を振って見送られ、アオイは小走りに進む。
来る頻度はかなり減ったが、数年暮らした国である。
歩きなれた道は間違えることなく進み、セルリアはシオンと小鳥組に任せてコガネと走る。
途中声を掛けられて挨拶を返したりしながら細くなった道に入り、少し進むと入口の横に置かれた看板が見えてくる。
「薬屋・エキナセア」と書かれたその看板を見て頬を緩め、扉にopenの札がかかっているのを確認して扉を開けた。
もしcloseなら庭から侵入だったので、開いていて一安心である。
扉を開けるとカウンターの内側に昼の月のような白銀の髪をした女性が座っていた。
目が合うと、にっこりと微笑まれる。
「おかえりなさい、アオイちゃん」
「ただいま!ヒエンさん!」
アオイもにっこりと笑って返し、店の中に入った。
アジサシさんはとっても速いのです(`・ω・´)