3.5,美しい人
今日は、夜会の日。
普段は嫌で仕方がないそれが、今日だけは少し楽しみだった。
いつものように父様の後ろに立っているだけ。
それでも、いつもとは違うのだ。
私は、人が苦手だった。
どんなに美しい人も、その後ろの小さな汚さが見えてしまって、どうしても嫌だった。
貴族は特にその汚さが目に付いてしまって。
私は美しいと言われていたが、絶世と言われるほどのものではなく。
父様の後ろで黙っていたら、見えないほどのものだった。
美しいと言われた母には、あまり似なかった。
それでも父様は私を愛してくれていたから、本来ならもう決まっているのであろう婚約者もまだ決めずにいてくれた。
誰か、愛せる人が現れればいい。焦ることはないと言ってくれた。
それがとてもありがたく、少し申し訳なかった。
私は、人を愛せないだろうと思っていた。
だから、その人を初めて見た時、本当に驚いた。息が出来なくなるかと思った。
初めて人を心から美しいと思った。
混血が良く思われていないこの世界で、平然と、高らかに自分がハーフエルフだと明かすその人が。
何か言われようと、後ろから指をさされようと、それを実力で黙らせられるほどの力を持ったその人が。
今まで見てきた何よりも格好良くて、美しくて。
初めて父様に、人に会いたいと願った。
父様はすぐに招待状と、その人が来れないか、という内容の手紙を送ってくれた。
忙しい人だから、その人が来るとは限らないと言われていたけど、それでもよかった。
父様は、私が人を嫌っていることを知っていた。
だから、私が人に会いたがったことを喜んでくれた。
その人が来るかもしれない夜会で、いつもと同じように父様の後ろにただ立っている。
何人もの人が父様に挨拶に来た。
やはり、その人たちは苦手だ。
少しして、父様が声をかけてくれた。
「お、いらっしゃったぞ。モクラン殿だ」
そう言って、入口を手で示す。
そう。あの人だ。あの、美しい人だ。その美しい人の横には、女性が歩いていた。
父様が、私を気遣うような目をしていた。
その人は、父様に挨拶するため入り口からまっすぐここに来た。
その横の人は、純白だった。
艶のある長い黒髪をして、同じ色の目をして、それでも、その人は純白だった。
こんなにも、美しい人がいるのか。
息が止まった。
最上位薬師と名乗ったその人から、目が離せなくなった。
才能だけでは立てない地位に立ち、それでいて純白を保つその人は、本当に何よりも美しかった。
努力も苦労もしたのだろう。それでいて、この美しさなのだろう。
私は、何もしていない。子供の様に駄々をこねていただけだ。
目が合って、笑いかけられて思わず顔を下げてしまった。
そこで逃げるしかできない自分が恥ずかしかった。
私も、嫌っていた人たちと同じくらい、それ以上に汚いのか。
そう思った。それが分かってしまった。
2人は仲良さげに去って行った。
不思議と、何も思わなかった。
むしろ、美しいその2人を見ていたいと思った。
ああ、そうか。これは、恋などではなかったのだ。
ただの憧れ。子供が英雄にあこがれるのと同じ感情だ。
純白の人を見て、自分の汚さを知って。
ああ、なんだ。世界には、美しいものもあるじゃないか。
ここにも、私が見ようと思わなかっただけで美しいものはあるのだ。
どこかの村から出てきたらしい若い女性の歌声は美しいし、婦人方が纏うドレスは美しい。
人を好くのは、案外簡単なのかもしれない。
「ねえ、父様」
「なんだ?」
「私の結婚相手は、父様が決めてください」
自分が汚いと知ってしまったが、それでも美しいと唯一自信が持てる笑顔を浮かべる。
あまり似なかった母に、似ていると言われる笑みを浮かべる。
母は美しい人だった。だが、私が見ていなかっただけでここに居る人と同じように汚い部分もあったのだろう。
なんだか、妙にすっきりとした気分だった。




