1,行きますけども
朝コガネに起こされてベッドの上で伸びをする。
ぐーっと伸びて、ベッドから降りて、机の上に置かれた小さな魔道具が光っていることに気が付いた。
「おお!」
眠気が飛んだ。その小さな魔道具を両手で持ってクルクルと回る。
これは、モクランがリコリスに来る際の事前連絡に使うものだ。
モクランが持っているものと2つで1つであり、片方を起動するともう片方の魔道具が光る。光っている状態で魔力を込めると光が消え、付いていない状態で魔力を込めるともう片方が光る。
モクランはリコリスに来る前にこれを起動し、アオイはそれに気付くと返事としてモクランの持っている方を光らせる。
モクランが森に入る前にこれが光っていればアオイがリコリスにいる、ということになる。
アオイに過保護な先代勇者たちが作ってくれた便利な道具である。
パッチリ開いた目を嬉しそうに輝かせて、アオイは着替えを手に取った。
素早く着替えて下に降りれば、コガネが珍しそうに目線を寄こした。
そして、何を察したのか頷いて朝食の配膳を手伝い始める。
「おはよ、アオイ姉さま」
「おはようセルちゃん」
「姉さま、うれしそう」
「そう?」
「うん」
ふにゃりと笑うセルリアの頭を撫でて、モエギに促されて席に着く。
朝食を食べ終えて少しは座っていたが、どうにも落ち着かなくて外に出た。
いい天気である。これは、シオン昼寝コースかもしれない。
そわそわと外で立っていると、コガネがやってきてお茶を渡される。
それを受け取り、2人で適当に座ってお茶を飲む。
「流石に、まだ来ないと思うよ」
「うーん、分かってるんだけどね?」
連絡があるたびにそわそわして外に出るのだから、コガネも慣れたものである。
それに、少し前まで塞いでいたアオイがこうしていつも通りに過ごすのはとても嬉しい。
アオイは周りに心配を掛けまいとすることがあるので、もう大丈夫、と言って無理をしているのではないかと思っていたのだ。
モクランの訪問をこれだけ喜ぶのは、いつもの行動である。
流石に無理をしているならこんな喜び方はしないと思うので、もう本当に大丈夫なようだ。
それは嬉しい。素直に嬉しい。でも、モクランが来るとアオイはリコリスを留守にする。それだけ、ほんの少しだけ不満だ。
「お茶変えた?」
「淹れ方だけ。嫌い?」
「ううん、美味しい」
「良かった」
これは嬉しい。とても嬉しい。
アオイに頭を撫でられ、コガネはご満悦だ。
空になったカップをキッチンに置きに行くと、セルリアが声をかけてきた。
「コガネお姉ちゃん」
「何?セルリア」
「アオイ姉さまは、何をまってるの?」
「……大事な人、かな」
「だいじなひと」
「うん。……仲良しな人?」
コガネが首を傾げると、セルリアも真似して首を傾げる。
2人で首をひねっていると、シオンが現れた。
「何してるん?」
「モクランの事、どう説明しようかと」
「ああ、そうやなぁ……」
シオンは少し考えて、セルリアの頭を撫でた。
「感じ方はそれぞれやからなぁ。悪い人ではないよ」
「そっか」
そんな話をしていると、奥からウラハが出てきた。
集まっている3人を見て、窓の外にいるアオイを見て、ウラハは呟く。
「マスターったらもう外に居るのね」
「うん。いつも通り」
「……そうだ。セルちゃん、髪を結いましょ」
「ゆう?」
「結ぶって事やね」
ウラハに促されてイスに座ったセルリアの髪が、手早く2つに結われる。
サイドに三つ編みを編み込んで、何とも可愛らしい出来だ。
「はい、コガネちゃんも」
「私も?」
「ええ」
同じようにコガネの髪も結われた。
そして、ウラハは自分の髪も同じように結ぶ。
偶然やってきたサクラも捕まえて同じように結び、満足そうに頷いた。そしてセルリアとコガネに言う。
「マスターも連れてきて。みんなでお揃いにしましょう」
「分かった」
セルリアと2人でアオイの元に向かう。
声をかけるとアオイが振り返り、ピタリと停止した。
「え、なに、可愛い」
「主も」「アオイ姉さまも」
手を引けば素直についてくるアオイをウラハの元に連れていく。
ウラハはシオンの髪も結ぼうと言ってシオンと格闘中だった。
3人に気付くと動きを止めてイスを引く。
アオイが座ると慣れた手つきで三つ編みを作って髪を2つに結う。
アオイはしばらく結われた髪を弄っていたが、サクラも同じ髪型になっていることに気が付いて手を伸ばした。
サクラを撫でながらウラハの方を向く。
「ウラハ、器用だよね」
「慣れてるのよ。自分の髪も結うし」
「そっか」
笑って話していると、コガネがアオイの背をつついた。
それで気が付いたのか、アオイはいそいそと外に出る。
コガネはそれに付いて行き、セルリアはシオンを見上げた。シオンが頷いたのを確認して後を追う。
アオイが外でそわそわしていると、馬の蹄の音が聞こえてきた。
音は徐々に大きくなり、木の隙間から音の主が現れる。
馬が止まってから駆け寄ると、モクランは扉の方を不思議そうに眺めていた。
「モクランさん!」
「久しぶり」
「お久しぶりです!」
馬から降りたモクランは、少し首を傾げてアオイの髪に触れる。
「結んでるの、珍しいね」
「ウラハがやってくれました。お揃いです」
「お揃い」
「本当だ」
アオイが髪を軽く持ち上げ、コガネが真似する。
モクランはそれを見た後、もう一度扉に目を向けた。
「ところで、契約獣でも増えたの?」
「あ、契約獣じゃないんです。……セルちゃん、おいで」
アオイに手招きされて、セルリアはおずおずと近づいてくる。
そして、アオイの陰に隠れるようにモクランを窺った。
「セルリアです。妹、ですね」
「ふーん。……よろしくね」
「よ、よろしく……」
アオイの陰に隠れるセルリアを見て、モクランはスッと目を逸らす。
逸らした先にはシオンがいて、ニコニコとこちらを見ていた。
「……まあ、それは追々詳しく聞くけど、とりあえず本題に入らせて」
「なんでしょう」
「夜会、行く気ない?」
「……へ?」
急にどうしたのだ、と目で訊ねれば、モクランはため息を吐いて頭を掻いた。
そして、面倒そうに言う。
「リーダーに、次の夜会に行って来いって言われて。女性同伴可らしいから」
「そこで私が選ばれた理由とは……」
「リーダーの悪だくみ、かな」
「それだけですか?」
「そうでもないけど」
どうするか、今度はモクランから目で訊ねられ、アオイは少し考える。
考えて、まあ、と口を開いた。
「行っても、いいですけど……」
その言葉に反応したのはいつの間にか横に来ていたウラハだった。
アオイの言葉にモクランより先に反応し、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、ドレスを出さなくちゃね!」
「え、あるの?」
「もちろんよ!」
嬉しそうに言ったウラハが家の中に駆けていき、アオイはフッとため息を吐いた。
いつの間に作ったんだ。何で作ったんだ。
考えていると、モクランに頭を撫でられた。
ポスポスと頭を撫でられつつ、詳しく話を聞くために客間に移動を促した。
モクランさんが遊びに来るとアオイさんはアオイちゃんに戻る気がします。
まあ、いつでもアオイちゃんですが。アオイちゃんですが!!(うるさい)