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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
1章・龍の雫
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4,解毒

 龍の力を弱めているのは、体に回った毒が大きな原因のようだった。

 リコリスでやってみた方法で解毒しようとしたが、効果が薄い。

 特に、変色するほど染み込んだ場所にはほとんど効果が見られなかった。


 持ってきた薬草や毒消し草を使ってどうにか解毒しようとするが、反応がない。

 いつの間にかコガネが呼びに行っていたようで、薬師から使えそうな薬を貰ったがやはり解毒は出来ない。

 何かないか、何か。最終手段はあるが、それは使いたくなかった。

 カバンを文字通りひっくり返して、そこから出てきた小さな木の実を手に取った。


 薬師はそれを不思議そうに見ている。

 初めて見る木の実だった。

 それをすりつぶして聖水を混ぜ、毒の回った傷口に塗る。

 それだけ、反応が違った。

 毒の色が薄まり、龍の息遣いが若干ではあるが穏やかになった。


「おお、これは」

「アオイさん!効いてますよ!」

「はい、でも、数が足りない……」


 木の実は小さく、龍の身体に入った毒をすべて抜くには数が足りなかった。


「どこに生えているんですか?取ってきます!」

「……もう、ほとんど自生していない木です。リコリスの敷地で育てて……」


 アオイの言葉に、ビレスと薬師が顔を見合わせる。

 ビレスが何か言おうとしたが、それより早くアオイが立ち上がった。


「コガネ」

「どっちだ?」

「サクラ」

「分かった」


 コガネも立ち上がっており、アオイに背を向けてどこかを見ている。

 何をするのか分からず、ビレスと薬師は再び顔を見合わせた。

 アオイはコガネの背中に手を当てて、静かに目を閉じる。

 直後、コガネの身体から柔らかな、優しい魔力があふれ出した。


「……サクラ、聞こえる?シュハイブの実を届けてほしいの。そう、カゴいっぱいに。うん。魔力を辿ってきて。出る前に、モエギに声をかけてね。……うん。お願い」


 誰かに話しかけるようなその口調に、思わず辺りを見渡すが当然自分たち以外誰も居ない。

 話し終えたのか、アオイはコガネの背中から手を離し、同時にコガネの身体を覆っていた魔力が消えた。


「あの、今のは……?」

「家にいる子に連絡を取りました。そう時間もかからずに来ると思います」


 言いながら作業に戻ったアオイの代わりに、コガネが口を開いた。


「契約獣だ」

「え?」

「俺は契約獣で、今呼んだのも契約獣だ。魔力契約の契約獣は連絡が取れる。それを使って、ああして主が連絡を取ることも出来る」


 知っているんじゃないか?とコガネは薬師を見た。

 薬師は、アオイをチラッと見て頷いた。


「じゃあ、やっぱりアオイさんは」

「ああ。……むしろ、他にアオイという名の薬師がいるのか?」

「探せば1人くらいいるかもしれません」


 何か知っているらしい薬師と違い、ビレスだけが話の内容を理解できていなかった。

 理解できなかったので、諦めてアオイの手伝いをしようと立ち上がった。


「アオイさん、何か手伝えることはありますか?」

「あ、えっと、これを砕いてくれませんか?」

「分かりました。粉々にしていいんですよね?」

「はい。出来るだけ細かくしてください」


 ビレスはアオイが行っていた作業を引き継ぎ、アオイは別の薬を作るのか薬草を取り出していた。

 薬師は何か取りに行ったようでいなくなっており、コガネはサクラを誘導するため魔力を放っている。

 アオイが龍の傷に何かの薬を塗り始めた時、コガネが手を広げた。

 どうしたのかと思ってコガネを見ると、そこにカゴが飛び込み、ポフンッと音を立てて桜色の髪の少女が現れた。


「主!サクラ特急便だよ!」

「ありがとうサクラ。重かったでしょう?」

「大丈夫!」


 コガネに抱えられて、肩口から顔を出してカゴを掲げたサクラにアオイが駆け寄る。

 カゴの中には頼んだシュハイブの実のほかに、いくつかの薬草が入っていた。


「これね、ウラハとシオンが持って行けって」

「そう、ありがとう。休んでていいよ、何かあったら声をかけるから」

「分かった!」


 サクラは素直に頷いて、端の方の木の根元に座った。

 これで、毒は消し去れる。

 薬師が持ってきた小さな鍋で作っていた薬も試してみているが、効き目はいまいちだ。

 サクラの持ってきたカゴに入っていた薬草を少しずづ混ぜ、練り合わせる。


 いくつかの薬を作り、試しては効果を記録して次の薬を作る。

 そんなことを繰り返しているに夜になった。

 龍の身体から毒は消え去ったが、傷はまだ塞がっておらず、痛々しいままだ。


「休んでください。私は、ここに居ます」

「でも……」

「いさせてください。何か、話せるかもしれない」


 サクラは木の根元で寝ていた。

 コガネもそこに居て、周りを警戒しながら休んでいるようだ。

 村人2人はアオイに言われて家に戻って行った。

 アオイは龍のすぐそばに腰かけ、その体に触れる。


 痛々しいが、毒が抜けて元の色にだいぶ近づいたのではないだろうか。

 血はまだ止まっていないが、どうにか呑み込んでもらった増血剤やらなんやらが効いているのか、血色も良くなった気がする。

 まあ、気がするだけだ。龍の血色など分からない。


 龍の呼吸が安定したのを確認して、アオイはほっと息を吐いた。

 安心して、そこに1日頭を使った疲れもあって、龍に寄り添うようにして眠りにつく。




 温かな光に目を開けると、そこは静かな湖畔だった。

 曖昧な色をした空と、どこまでも広がる新緑の草原。そこにあるのは、目の前の湖だけだった。

 アオイは、水に足をつけて座っていた。靴は履いていない。


 何となく、ここを理解して隣を向く。

 そこには、ほんの少しだけ緑の入った、長い銀髪の女性がアオイと同じように水に足をつけて座っていた。


「ありがとう」

「どうですか?」

「大分、良くなったわ」


 女性はアオイを見て微笑んだ。

 アオイも微笑み返し、前を向く。優しい風が頬を撫でた。


「よかったです」

「ありがとう。……これで、もうしばらく子供たちを守れそうね」


 フフッと嬉しそうに笑って、女性は言う。

 それは本当に嬉しそうで、アオイもつられて笑った。


「私のいる、第4大陸の森まで歩いて来たそうです」

「深緑の森ね。まさか、あの子が行くとは思わなかったわ」

「そうですか?芯が強そうですけど」

「だってあの子は、誰よりも優しいから、魔物と戦ったことがないんだもの」

「誰よりも優しいから、あなたを助けたかったんですよ」

「そう、そうね。子供って、いつの間にか大きくなってるのよね」


 女性は、何かを思い出すように悲しげな声を出す。

 悲しげでありながら、深い愛を感じる声だった。

 一体どれだけの「子供たち」を見送ってきたのだろうか。


「母は、強いですね」

「そうよ。子供を守らないといけないもの」

「でも、無茶のし過ぎはダメです。霧をずっと呑み込み続けるなんて……」

「だって、あの霧は私じゃ消せなかったんだもの」

「だからって、飲み込んでたらあなたが倒れちゃいます。そうしたら、誰もあの村を守れないですよ?」


 それは、困るわね。と女性はしみじみと言った。

 次は別の方法で、というと、考えているのか眉間にしわが寄り始める。


「この歳で新しいことを考えるのって、すごく大変なのよ?」

「なら、結界を強化しましょう?無理のない程度で」


 そうねぇ……と呟いて、女性は足を動かす。

 パシャパシャと音が鳴った。

 揺れる水面を見ながら、女性は笑う。


「私がこうして人の手足を得ているのは、不思議。とっても不思議な感覚」

「嫌でしたか?」

「嫌じゃないわ。ただ、私は人の姿は取らないことにしていたから」


 この場所自体は女性の影響を強く受けていた。

 ただ、女性の姿はそうではなかったようだ。


「それは、すみません。ついうっかり」

「いいわ、怒っているわけじゃないもの。それに、貴女はこれが普通なのだものね」


 女性が水から足を上げた。

 立ち上がって、後ろの草原に歩いていく。


「そろそろですね」

「ええ、そうね。楽しかったわ」

「私もです。それに、どうにか出来そうだ」

「お願いね。……貴女と2人で話せて、嬉しかったわ」


 アオイも立ち上がり、風でなびく髪を押さえながら振り返る。

 そこには、女性の髪と同じ色をした美しい龍がいた。

 傷のないその姿は本当に美しく、風を纏う身体はキラキラと輝いていた。


「霧、飛ばしちゃえばいいじゃないですか」

「それをしたら、家まで飛んでしまうでしょう?」

「ああ、そっか」


 アオイは龍に近づき、その体に触れる。

 確かに感じるその魔力は、旅立ちを祝福する優しい風と、その地に根を下ろした力強い大樹。


「では、また」

「ええ、また」

「必ず治します、もう少し待ってくださいね。優しい母君」

「ありがとう、貴女なら大丈夫よ。愛しき花園」




 柔らかな光に包まれ、強く吹いた風に目を閉じる。

 再び目を開けると、目の前には傷だらけの強い母の姿があった。

 アオイが起きた気配を察したのか、コガネが近づいてくる。

 朝日が2人を照らした。


「必要なものがあるの。サクラと、取りに行ってくれないかな」

「分かった。だが、朝飯が先だ」


 コガネから野菜と肉の挟んである分厚いパンを渡される。

 いつの間に作ったのだろうか。

 というか、食材はどうしたのだろうか。

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