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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
5章・美しき茨
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6,美しき茨

明けましておめでとうございます。

 リコリスからクンバカルナに戻る道すがら、ナーセルは心の中でアオイに詫びた。

 彼女が望むことを、自分は行わないだろうから。

 だが、もし。もしも命が尽きる前に研究が終わりを迎えたら。そうしたら、会いに行こう。もう一度会って、次はしっかり謝って、そして、しっかり礼を言おう。


 それが実現するかは分からないが、思うくらいはいいだろう。

 だが今はそれよりも研究を優先しなければ。

 アオイが与えてくれた、願いを叶えるための道を潰すわけにはいかない。


 それに何より、研究の続きがしたい。

 早く戻って改良点をいじって、他にも改造するところは多くある。

 考え始めれば止まらなくなり、帰路を急いだ。


 遠目に見え始めた国に、思わず足を速める。

 クンバカルナに戻るのは何日ぶりだろうか。

 薬の製作より移動に時間がかかるので、大分時間が経っている気がする。

 研究は少しくらい進んだだろうか。


 国に入って研究所に急いでいると、後ろから声を掛けられた。

 振り返れば研究所の仲間が幽霊でも見たかのような顔でこちらを見ている。


「な、ナーセル?おま、お前今までどこに……!」

「置き手紙読んでねえのかよ」

「ばっかお前、あんなんで分かるか!?」

「分かれよ」


 軽く返せば、頭を小突かれる。

 肩に寄りかかってくる手を弾き、それより、と詰め寄った。


「少しは進んだんだろうな?」

「当たり前だろ!明日にでも確かめるところだよ。良かったぜ、お前が戻ってきて!」


 研究所に入ると、仲間たちが皆同じような反応をしてくる。

 囲まれ小突かれ帰還を喜ばれてお祭り騒ぎだ。


「置き手紙よん」

「分かるかよ!?何だよ「緊急事態が発生したから少し留守にする」って!もう少し説明しろよ!あと行く前に声かけろよ!?」

「分かるだろ緊急だったんだよ」

「つうかどこ行ってたんだよ?」

「知り合いんとこ」

「緊急事態は収束したのか?」

「おう」


 一度部屋に戻ると、出た時と全く同じ状態だった。

 置き手紙もそのまま置いてあるし、乱れた布団もそのままだ。

 ああ、帰ってきた。その実感が、何より強く現れる。


「なあ、おい!」

「どうした?」

「改良したんだろ?基盤見して」

「はいはい」


 居ない間に改良されたそれは、確かに問題点を改善してある。

 だが、このままでは動かないだろう。


「ここ、混線してるぞ」

「うっそん」

「本当。ここ」

「うへ、細か……俺見えねぇ」


 いつものように確認を始めれば、いつものように皆が集まってくる。

 いつもと同じ、平和で騒がしい日だ。


「弄っていいか?」

「もちろん」


 器具を渡され、基盤に手を伸ばす。

 混線部分を直せば、別の改造点が見つかる。

 ここを直して、その後はここを直して、こっちが切れたぞここが混ざったぞ……


 帰ってきた喜びもつかの間、始めてしまえば止まらない。

 気付けば夜になっており、それでも続けて気付けば日が昇っている。

 流石に休んで夕方に行動を再開する。


 予定していたらしい検証は出来なかったが、それでも改造を続ける。

 ああ、戻ってきた。この日々に、戻ってこれた。




 研究は続く。

 ナーセルが突然消えた期間など忘れたように、今日も研究を続ける。

 彼女が帰ってきてどのくらい経ったか。


 研究の進みは順調だった。

 ナーセルの赤紫に染まった右目も健在で、今日も魔力の流れを確認している。

 今回の基盤は今までで一番出来が良かった。


 結果に満足し、改良点を纏めて各自部屋に戻る。

 月の綺麗な夜だった。

 その月に、周りに浮かぶ星に見惚れ、ナーセルは急に咳き込んだ。


 口元を押さえた手を見ると、それは赤い液体で染まっている。

 ああ、来たか。

 焦りもせずに、手を洗う。


 「痛みはそこに異常があるというサイン」とは、アオイが言ってた言葉。

 薬で身体の防衛本能を崩し、それによって生じる痛みを薬で消して。

 この身体は、もうどこが壊れているのかも分からない。


 それでも。それでもまだ研究は続けられる。

 まだ、仲間はナーセルの異常に気付いていない。

 問題はない。まだ動けているのだから。


 もうすぐ、完成形が見えそうだった。

 ならば少なくともそれを完成させるまで死ねはしない。

 友に辛い思いをさせてまで突き通した我が儘は、こんなところで止まるほど柔くない。


「……会いには、いけないかもな」


 悪かった。ありがとう。

 言おうと思っていたことは、伝えられなさそうだ。

 仕方がない。いくら文句を言われようと、こればかりはどうにもならない。


 ならせめて、自分の願いは叶ったのだと伝えなければ。

 アオイのおかげだと。それだけでも伝わればいい。


 咳き込んで、紅い塊を吐き出した。

 俺はまだ、止まらない。

 この程度で止まるものか。


「ナーーーセル!!」


 突然開いた扉に振り返れば、仲間が興奮した状態でそこにいた。

 手には何か紙が握られている。


「あ?なんだよ」

「今回の基盤、修正したらよく分からんほどいい感じになった!ちょっときて!見て!」

「マジか」


 急いで行こうとして、途中で視界が揺れた。

 足に力が入らなくなったようだ。


「ナーセル?大丈夫か?」

「……おう。問題はねえよ」


 それもすぐに回復した。

 問題は、ない。

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