5,作成開始
優秀な2人のおかげで、思っていたより早く材料が揃った。
それを待つ間に作り方は完成していた。
おそらく、この通りに作れば出来るだろう。
この薬を作ること自体は、さほど難しくない。
材料集めが酷く面倒で、買い集めるとなるとかなりの金額になるだけだ。
「……はぁ」
ため息を吐いても、これを作らなくてはいけない事実は変わらない。
それに、作ると決めたのは自分である。
ペチペチと頬を叩いて気合を入れ、立ち上がる。
作業を始めてしまえば、薬作りは順調に進む。
手は慣れたように動き、流れるように完成に近づいていく。
後は時間を置くだけ、というところまで作り、フッと息を吐いた。
薬の効果は疑っていない。
自分で言うのもあれだが、とてもいい出来である。
1回で完成させたんだから私は天才なのかもしれない。
だが、これが運んでくる効果は私が望むものではない。
ナーセルが望んだものではある。それでも、決心を固めても、やはりこれの完成を喜べなかった。
深くため息を吐いて、それを光に透かす。
光を反射する綺麗なそれは、型に流し込んで固めたら完成である。
棚から木で作られた型を取り出し、流し込んでしっかり蓋をする。
固まるのを待ちながら、それがもたらすであろう苦痛を取り除くための薬を作る。
もしかしたら、その苦痛は消えない方がいいのかもしれない。
苦痛に耐えかねて薬の使用を止めるかもしれないから。
それでも、延命のための効果も乗せてその薬を作るのだ。
きっとナーセルは止まらない。
止まって、こちらを振り返ってはくれないだろうから。
彼女はそういう人だ。初めて会った時から、振り返る姿を見たことがない。
動くたびに痛みを伴い、常に苦痛に苛まれたとしても、彼女は薬の使用を止めないだろう。
ならば。ならばその苦痛は取り除かねば。
せめて、彼女の望んだ結末が訪れるように。
願わくば、その後に安らかな時間があるように。
「コガネ」
「……なに?」
いつの間にか気配を消して入室していた自身の右腕は、心配そうにこちらを窺っていた。
その黄金色の瞳を見つめ、表情を崩す。
「歌を歌ってくれないかな?」
「いいよ。なにがいい?」
「優しい歌。選曲は任せるよ」
そう告げて薬の製作に戻れば、後ろから優しい歌声が聞こえてきた。
リコリスを作る前、独立する前に旅をしていたころに、コガネと共に聞いた曲。
これは、そう。人魚が歌っていた。
仲良くなった人魚との別れで沈んだ私を慰めるように、人魚が歌ってくれた曲。
ここでこの曲を選ぶのは、コガネなりの気遣いだろう。
やはり、コガネには敵わない。
優しく歌うその声に、自分の声を重ねれば、少し楽しげな音が混ざる。
最後の音を繰り返して、もう一度最初に戻る。
作り終えるまで歌い続ければ、鈍りかけた腕は流れるように動いてくれた。
完成までに一か所だけ作り直し、これも型に流し込む。
明日になればどちらも完成するだろう。
振り返れば、ちょうど曲の終わりである。
差し出された手を取って作業部屋から出て、食事が用意されているから、とリビングに戻る。
その日はずっとコガネと共にいた。
寝るときも、わがままを言ってコガネの部屋に入り込む。
諦めて入れてくれたコガネに謝りつつ、その体に抱き着いた。
コガネは何も言わずにゆっくりと頭を撫でてくれる。
服が濡れても、何も言わずにいてくれた。
翌日、型の中の薬は全て問題なく完成していた。
それを取り出し、それぞれ別の袋に入れる。
念のため説明の紙も入れ、ナーセルを呼んだ。
「出来たのか?」
「はい。感謝しつつ飲んでくださいね」
「ああ。ありがとな」
薬の説明をし、もうほとんど赤の残っていない目を見つめる。
モエギが水を持ってきてくれたので、その場で1つ薬を飲んだ。
痛みに耐えるように顔が歪み、だが、次に目を開いた時、その色はアオイのよく知る赤紫になっていた。
鏡を見せれば彼女は嬉しそうに口角を上げ、痛み止めを飲む。
少しして、ナーセルは立ち上がる。
「ありがとな、アオイ」
「薬屋ですから」
笑って見せれば荒く髪を撫でられ、代金を置いて彼女は去って行く。
森に入る前に一度振り返って手を振った以外、振り返ってはくれなかった。
だが、それがナーセルなのだ。
私は、そんな彼女を好いたのだ。
零れそうになるものを堪え、ゆっくり深呼吸をしていると服の裾を引かれた。
引かれた方を見ると、セルリアがアオイを見上げていた。
「どうしたの、セルちゃん」
「あのね、あのね、モエギお兄ちゃんがおやつ作ってくれたの。だからね、アオイ姉さまもいっしょに食べよう?」
そう言って裾を引くセルリアに微笑み、その小さな体を抱え上げる。
「そうだね。食べようか」
「うん」
セルリアを抱えて家の中に戻れば、リビングに皆が勢ぞろいしている。
トマリもいるし、随分と心配を掛けてしまったらしい。
席に着けば可愛らしいケーキを渡された。
トマリが一時停止してそのケーキをセルリアの前に移動させる。
セルリアは目を輝かせ、シオンを見た。
まあ、今日ぐらいは。と許可が下り、幸せそうにケーキを口に運ぶ。
「トマリ、甘いもの苦手だっけ?」
「食えなくもねえけどな」
「じゃあ、これどうぞ」
モエギが渡したものは、少し小さいケーキ。
トマリはそれを少しだけ口に運び、これならいいな。と言った。
モエギは嬉しそうに席に戻る。
極めていつも通りな、平和な日常。
平和で、とても優しい時間に、今はふと思ってしまう。
彼女にも、愛すべき我が友にも、こんな時間が来ればいいな。と。
そして願わくば、それを楽しんでくれればいいな。と。