4,願い
薬を作る決心をしたはいいが、問題があった。
それは、材料不足である。
普通の薬には使わない材料が大量に必要であり、様々なものを育てているリコリスにも在庫がないという中々珍しい事態が発生した。
「……トマリ」
「リスト寄こせ」
「お願い」
こんな時に呼ばれるのは決まってトマリであり、彼は慣れたようにメモを受け取った。
必要なものが細かく書き出されたそのメモを見て、何かを考える。
「……これ、どこにあんだ?」
「分かんない。なにせ移動するので」
「ドヤ顔で言うな」
アオイのおでこにデコピンをかまし、トマリは考える。
一部始終を見ていたコガネが後ろからドロップキックをかましてきたのを避けつつ考え、モエギを呼んだ。
呼ばれたモエギは不思議そうにしていたが、握られたメモを見て何となく察したらしい。
「何を探せばいいんですか?」
「アジサシだ。あいつらなら持ってんだろ」
「なるほど。ウラハさん、家事をお願いします」
「任せて」
サクラはモエギだけ遠出をするのを寂しそうに見ていたが、何も言わずに見送った。
トマリは闇に溶け、モエギは小鳥の姿になって飛んでいく。
世界中を旅する移動型万能店を探すのは、空からが早い。
モエギは過去も何度かアジサシを探し出して用事を済ませている実績があるので、捜索は任せていいだろう。
トマリはその間に別の物を探しに動き始めた。
2人を見送り、アオイは作業部屋に入る。
そこに置かれた「古の書・霊」という薬学書を開く。
パラパラとめくり、目的のページを開いて内容を読み込む。
今回の薬は、そこに記されているものを少し改造するだけで良さそうだ。
トマリたちが帰って来るまでに製作過程を確立させようと、本を持って書斎に向かう。
作業部屋で考え事をしていると思いついて即行動してしまい後が面倒になるが、書斎で考え事をしていると移動時間で冷静になれて被害が少なくなる。だから、考え事は書斎でしなさい。
とは、師匠の言葉である。あの人は一体何をやらかしたのだろうか。
やらかした内容は知らないが、一応尊敬している師匠のありがたい教えである。
アオイはそれに従って、考え事をするときは書斎に移動する。
移動時間を発生させるために、書斎と作業部屋はわざわざ少し離れて作られている。
書斎に入って他にも使う本を取り出し、紙を広げる。
あれこれメモを取りながら作業を進めていき、コガネに声を掛けられるまで手を動かし続けた。
リコリスを出た2人は、それぞれ探しやすい場所からアジサシを探すことにした。
空から見ればかなり広い範囲を一度に確認できるが、探しているのはアジサシ。世界中を移動する旅商人である。
彼らを見つけるにはそれなりのコツがいる。
まずは、馬の気配を探る。
モエギはアジサシの馬車を引く馬たちと仲がいい。
そして、あの馬たちは特殊な魔力を発している。
慣れ親しんだ特殊な魔力を探すのは、視覚だけで探すよりずっと効率がいい。
ただ、あの馬たちは街や国に入る時は魔力を抑える魔道具を着けているので、そうなっていると探し当てられない。
それに世界は広いのだ。
モエギは魔法を使えはするが、魔法特化種族ではない。
世界中の魔力を探知することなど出来はしないし、それが出来るならとっくにアジサシを見つけている。
だから、モエギはまず場所を絞るのだ。
モエギはアオイの元に来るまで、情報屋の元にいた。
そこで色々な情報を集めていた。
集めた情報の中には、珍しい魔物や特殊な材料の事も含まれている。
アジサシは世界中を旅して色々な物を収集する人たちである。
珍しいものを探して旅することもある。
ならば、それがある場所に行けば運が良ければ鉢合わせ、そうでなくとも魔力の残滓くらいはあるかもしれない。
もし魔力が残っていればそれを探って追えばいいし、全くないのならその近くにはいない。
そうして場所を絞って行って、トマリにも別の場所を探してもらい、アジサシを見つけたのはリコリスを出て3日が経った頃だった。
その立派な馬車を見つけ、モエギはトマリに連絡を送った。
そして馬車の上に降り立つ。
1階の屋根、2階の窓から出られる場所に寝転がったアジサシの店主の眼前に降り立てば、彼女は気付いて身体を起こした。
「お?モエギ君かな?」
「こんにちは、チグサさん」
安全を確認してから人の姿を取り、笑顔で答える。
そのやり取りに気が付いたのか、別の人が顔を出したが特に何も言わずに下がって行った。
「どうしたんだい?こんなところまで来るなんて、緊急かな?」
「はい。とある材料を探していまして」
そんなことを言っている間にトマリが到着し、チグサに促されて馬車の中に入る。
事情を説明すれば、すぐに在庫を確認してくれた。
いくつか取り出された目的の物の中からモエギの目利きで購入するものを選び、代金を払う。
他に頼まれていた物はあと少しで集め終わる。
少し馬とじゃれた後、モエギは再び空へ飛びあがった。
荷物はトマリに預け、最後の材料を入手しに向かう。
早く入手して戻ろう。
声には出さないが、その一心で速度を上げる。
これがあれば、主の願いは叶うのだろうか。
ふと思ったが、それはないだろう。
今叶えようとしているのは、主の願いとは逆を向いているものなのだから。