3,残りの時間
雨音に包まれて、2人の女性が話していた。
暖かいお茶を飲みながら、ソファに腰かけて。
「で、どうして助け船を出したんだ?」
「言ったでしょう?私は、星の光が好きなのよ」
「人は星か」
「似ているわ」
星の見えぬ空を眺めて、2人は会話する。
目の前の暖炉は、まだ火がつけられていない。
「すまんな」
「なにが?」
「アオイを泣かせた」
「マスターは優しい子だもの。大丈夫、明日には、自分の答えを見つけるわ」
「……そうか」
手元のお茶を啜り、フッと息を吐く。
ここで流れる時間はゆったりとしている。
「それに、マスターが答えを見つけられない時、手伝うために私たちはいるの」
フアッと笑った彼女を見て、そうだったな、と返す。
ウラハの瞳の中に月が浮かんでいるのを眺める。
空に居ないそれを捕らえ、ウラハは微笑む。
「私は、これが最適だと思ったのよ」
「アオイが泣いても、か?」
「ええ。それでも」
それでも、最適解を見つけ出すのが私の仕事だもの。
ウラハは呟き、立ち上がる。
「そろそろ、私はお暇するわ。また明日」
「おう。また明日」
ウラハは客間から出て行った。
その背中を見送って、カップの中に残った中身を飲み干し部屋に入った。
以前来たときも使った部屋。
その手入れされたベッドに潜り込めば、すぐに眠気がやってくる。
抗わずに目を閉じ、雨音を子守歌に眠りについた。
客間から戻ったウラハは、リビングで自分を待っている者に声をかけた。
声を掛けられたシオンが振り返り、座るように促してくる。
「どう思う?」
「俺に聞かれてもなぁ。それはウラハの仕事やん?」
「そうね。じゃあ、質問を変えるわ。思いついた?」
「いい案は思いつかんかった。悪い方ならいくつか」
ソファに深く腰掛けて、シオンは天を仰いだ。
そのまま目だけ向けてくる。
聞くか?と目で問われ、首を振る。
「貴方が悪い案って言うなら、聞くまでもないんでしょう?」
「まあ、そうやな」
緩く答え、シオンは目を瞑った。
夜が更けても、無言が続いても、2人はその場に留まった。
ウラハとシオンは対を成す種族である。
2人とも神獣で、12種6対いるうちの1対。
ウラハは月花羊、シオンは星花猫。
12神獣は、神の手足となり動くものであり、それぞれに与えられた役目がある。
夜空を彩る月と星を象徴に持つこの2種が神獣として行うのは、神の思考の手助けである。
似通った役目だが、大きく異なる役目を担う。
月花羊はその場にある選択肢から最善を見つけ、星花猫はその場にない選択肢を作り出す。
神獣の中でも思考に長けたこの2種は、事が主に対し最善になる様に動く。
それでも、どうにもならない事というのはあるものだ。
「……人の身じゃ、どうもならんなぁ……」
「そう……」
シオンの結論を聞き、ウラハは立ち上がった。
それに釣られるようにシオンも立ち上がる。
「おやすみ?」
「おやすみ。……一緒に寝る?」
「うーん、やめとくわぁ」
緩く言い合いながらそれぞれの部屋に帰った2人は、帰っても眠りにつかずに考え続けた。
それでも、アオイが望むであろう選択肢は現れない。
見つからないそれを探すうちに、夜は明けていた。
朝日に目を細め、いつの間にか雨が上がっていることに気が付いた。
少しくらい眠らなくても問題のない身体に感謝しつつ扉を開けると、同時にもう一部屋の扉が開いたことに気付く。
「……おはよ」
「おはよう。寝てないの?」
「そっちもやろ?」
「まあね」
顔を見合わせ、少し笑って階段を降りる。
何も言わないが、何となくお互い考えていることは分かった。
「どうする?」
「まあ、流れで」
並んで歩いて同時に笑う。
こうしているとどこか似ている2人は、揃ってキッチンで飲み物を淹れた。
やることもないので雑談タイムである。
「今日のご飯なに?」
「それはモエギ君が来てからね」
「そっかー」
ゆるゆる会話をしていると、いつものように順々に皆が起きてくる。
いつもと違うのは、アオイが起こされる前に起きたくらいだ。
普段は起こされても中々起きないアオイが自分で起きて、そのまま客間に向かっていった。
「……なにか、甘いものでも作りましょうか」
「あまいもの?」
「ええ。セルちゃんにもあげるわ」
「やったぁ」
セルリアの頭を撫でながら、ウラハはアオイの気配を追った。
盗み聞きをする気はないが、やはり気になる。
アオイはそれに気づいているのか、少しだけ遮断の魔力を放った。
「怒られちゃった」
「そっか。じゃあ、待ってよ」
「ええ」
その会話の意味は、2人にしか分からなかったが、それを気にする者はいない。
この2人の会話が分からないのと、コガネがアオイの考えを読むことは同頻度で起こるのだ。
朝起きて、顔を洗って暖炉の前に移動したらアオイが来ていた。
その目元はうっすらと赤く、少し申し訳なくなる。
「おはよう」
「おはようございます」
アオイは、まっすぐに目を見てナーセルに向き直る。
「薬、作ります」
「……そうか。ありがとう」
「その代わり、延命もします。異論は受け付けません」
ナーセルは、もう一度そうかと呟いた。
アオイの迷いは消えていた。
ウラハとシオンの「一緒に寝る」は羊と猫の状態です。モッフモフ。