6,王子と女王
カーネリアの体調が回復し、イピリア王城内はそれまで通りの生活に戻っていた。
彼女の側近であるメイドとその部下たちにより、女王暗殺を謀った者たちは城から姿を消し、平和で女王にとっては退屈な日常が続いている。
国民は女王が暗殺されかけたなどということは知らない。
騒動になっては困る、とカーネリアが床に伏せる前に広めないよう指示をしていた。
流石に城内のものは知っているが、広まっていないのは彼らの忠誠心だろうか。
王子の生活も元に戻り、いつものように勉学に励み、剣術を学び、日々を忙しく過ごしていた。
体調の回復した女王が剣術の稽古に現れ、病み上がりにも関わらず全く歯が立たなかったので、それまでよりも剣術に時間を費やすようになったくらいしか変わった所はない。
女王はその後騎士団の訓練に乱入して騎士団長以外に勝った、というのだから、満足に動けずストレスがたまっていたのだろう。
ちなみに女王が訓練に乱入した際は全力で迎え撃たないと騎士団の評価が下がるので、騎士団員が本気で掛かって女王の勝ちである。強すぎる。
毒殺しようとしたのも納得だった。
純粋に暗殺しようとしたらむしろ後ろから刺される。
女王はあの動きにくいドレスの下にナイフを仕込んでいるのだ。
実際に暗殺者を返り討ちにしたこともある。強い。
日常に戻った生活の中、サフィニアはカーネリアに呼ばれて彼女の自室に向かっていた。
話の内容は大方予想が出来る。
おそらく、許可が出るだろう。
ノックして少し待ち、名を名乗れば入室の許可が出る。
世話役はいつも通り部屋の外で待ち、サフィニアのみが入室した。
扉を閉めると、下から掬うように指が動く。
近くに来い、という合図だ。
素直に従い、彼女の前まで移動する。
女王は正面に置かれたイスを示した。
サフィニアが座ると、手元の紙を見ながら話し始める。
「薬学を学びたい、と」
「はい。母君を救ったその技術を、我がものにしたく」
「薬学は毒も扱う。一歩間違えば、其方を害すぞ」
「重々承知しております。決して、一人で行おうとは思いません」
「……許可しよう。励め」
「ありがとうございます」
女王が薬学を学ぶことを許さないとは思っていなかった。
これは、全ての行動が小さくない何かに繋がる王族であるからの確認である。
分かっている、と告げればすぐに許可は出た。
カーネリアは自分が読んでいた紙をサフィニアに渡した。
サフィニアはそれを受け取り、立とうとした。そして、カーネリアに制される。
「もう1つ」
「なんでしょう」
今度は、別の紙を渡される。
折りたたまれたそれを開くと、それは死を悟ったカーネリアが書いた、自分の死後の指示、つまりは遺書であった。
「我はこうして回復したからな。それはすぐに処分する」
そう言って、カーネリアは茶を啜った。
これを見せる、ということは、この中に何か重要な事が書いてあるのだろう。
サフィニアはそう思って遺書を読み進めた。
聡明な女王らしく、簡潔に必要事項をまとめた遺書であった。
その中に一文、サフィニアが目を奪われた文があった。
その一文から目が離せない。これの意味を、期待せずにはいられない。
「かあ、さま、これは……」
「我は未練など何もないと思っていたのだがな。強いて言うならば1つだけ思い浮かぶことがあったのだ」
サフィニアに答えず、カーネリアは語る。
「我の花園は綺麗だろう?あれを、枯らしてしまうのは惜しい。だが、それ以上にな」
カーネリアが、サフィニアの方を向いた。
強い意志を持った深い赤紫の瞳が、宝石のような水色を射る。
「お前の口から、お前の言葉であの花園の感想が聞きたかった。それだけふと思ってな」
「母様……」
「サフィニア。花の世話をする気はあるか?」
射竦める色が、優しく緩んだ。
サフィニアは、弾けんばかりの笑顔を見せた。
「もちろんです!」
「そうか。ならば、暇が出来た時に声を掛けろ。……それと、花園は自由に入っていい」
それだけだ、とカーネリアは退室を促した。
サフィニアは満面の笑みのまま退室していった。
メイドに冷めた茶を淹れ直してもらう間に、カーネリアは自身の遺書を見返す。
我の庭園はサフィニアに
この短い文で、サフィニアがあれほど喜ぶとは思っていなかった。
もしこれを自分の死後に見たら、サフィニアはどう反応したのだろうか。
そう考え、フッとため息を吐いた。
らしくもないことを考える事はやめて、カーネリアは淹れ直された茶を啜る。
何から教えようか、と考え、気付かぬうちに頬が緩んでいた。
カーネリア様強すぎ案件ですね。