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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
4章・女王の花
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5,女王の花

 カーネリアの温室に到着してすぐに、アオイはいつもカーネリアが座っている場所に向かった。

 そして、普段彼女の背景として存分に活躍している花の中から1輪だけ、彼女の髪色と同じ色の花を切り取った。


 その1輪を摘み取って、すぐにカーネリアの自室に戻る。

 アオイ以外、誰もその行動の意味を理解できていなかった。

 カーネリアの自室に戻ると、アオイは摘んできた花を薬を溶いた聖水の中に浸けた。


 少しして、その色が変わる。

 花の色が抜け、聖水に移った。


「よっし!」

「これで完成?」

「かな。これでダメなら最初から!」


 カーネリアは、呆然とそれを見ていた。

 そして、うわごとのように呟く。


「どういう理由でこうなるのだ?」

「人の心は薬になるんですよ。カーネリア様が愛情を注いだものを入れて完成、だったんですね。流石にサフィニア様を入れる訳にいかないので、花を1輪貰いました」

「薬とは、不思議だな……」

「まあ、ここまで来ると一種の魔法ですからね」


 アオイは言いながらカーネリアに器を渡す。

 カーネリアはそれを飲み干し、ゆっくりと器を置いた。


 すると、カーネリアの髪がうっすらと光を放ち始める。

 優しいその光はカーネリアを包み込み、結晶となってカーネリアの手の中に納まった。

 毒々しさを含んだその結晶は、しかし美しさがある。


「……なるほど、魔法だな」

「そうですね。ビックリ」

「主、あれなに?」

「毒素の結晶化したもの、かな。まさかこう出てくるとは……」


 唸るアオイに、カーネリアはその結晶を手渡す。

 アオイは受け取って光に透かし、とりあえず聖水の中に入れた。


「……身体が軽い」

「良かったです」

「鈍った分を動かさなければな」

「そうですねぇ」


 カーネリアはぐっと伸びをした。

 体についていた重しが取れたようだ。今なら、騎士団の訓練にも混ざれる気がする。

 アオイは緩い会話をしながら片付けを始める。


 コガネとサクラにも手伝ってもらいながら、広げられた簡易薬師セットを収納していく。

 大量に作られた試作の薬は、メイドが処理してくれるというので預けた。

 片づけが大方終わり、来たときと同量に納まった荷物を持ってアオイはカーネリアに向き直る。


「では」

「ああ。次は茶をしに来い」

「はい」


 にっこりと笑いあい、扉に向かおうとしたアオイが、突然振り返った。

 目線の先には、窓から侵入した何者か。

 その人物は一直線にカーネリアに向かっていく。

 アオイはその手に握られたギラリと光る刃を見て、反射的に叫んだ。


「トマリ!」


 その声に応じて、まるで初めから居たかのように闇から現れたトマリがカーネリアとその者の間に入り、ナイフを弾き飛ばす。

 ナイフを弾かれ、あり得ないという表情でトマリを見たその人物は、あっけなく捕らえられた。

 後ろ手に縛られ、床に転がされたその人物の前にしゃがみ、トマリはにやりと笑った。


「あり得ねぇ、って思ってんのか?」


 何も返さないその人に、トマリは話しかけ続ける。


「あれの守りはメイドとコガネだけだと思ってたんだろ?」


 その人は、何も言わない。

 トマリの顔から笑みが消えた。

 カーネリアに向けられたナイフよりずっと鋭い視線を向け、トマリは静かに言った。


「勉強不足だな、若造」


 それだけ言って、興味がなくなったのかアオイの方に歩いてくる。

 そのままアオイを通り過ぎて闇の中に入って行った。


「トマリー?」

「後は知らねえぞ」

「はーい」


 アオイは捕らえられた人物を一瞬見て、メイドに向き直った。

 メイドは心得た、といった風に頷き、一礼してからその人物を連れて行った。

 カーネリアは弾かれたナイフを拾って手の中で回していた。


 熟練者の動きだ。

 そして、そのナイフはすぐに戻ってきたメイドに渡す。


「この短時間で二度も助けられたな」

「お怪我がなくて何よりです」


 再び、にっこりと笑いあう。

 その後ろで、サフィニアはトマリが溶けて行った影をじっと見つめていた。

 コガネが気付いて、気にして得になる者ではない、と告げる。


「この国の中で、あのようなことが出来るのですね……」

「そういう種族なのですよ」

「アオイさんの契約獣ですか?」

「はい」


 アオイは笑って、後ろの闇に呼びかける。

 トマリーと声を掛ければ手だけ出てきてヒラヒラと振られ、すぐに引っ込んだ。

 サフィニアはそれをキラキラとした目で見つめていた。


「すごい……」

「そんなに凄いものでもないです。そういう種族なだけです」

「コガネはツンツンしてるだけなので気にしないでください」


 そんなことを言い合いながら、今度こそ荷物を持って扉に向かう。


「では」

「ああ。またな」


 今度こそ、カーネリアの部屋を後にする。

 カーネリアは見送りに出られず、メイドも部屋に残った。

 代わりにサフィニアが見送りに来る。


 少し離れた後ろに彼の世話役も居るようだ。

 だが他に人はいない。

 サフィニアは歩きながら話し始めた。


「すごいですね、薬師というのは」

「そうですか?」

「はい。初めて見た魔法です」


 サフィニアは笑いながら言う。

 その表情は、カーネリアにとても良く似ていた。


「薬学、学んでみようかと思うのです」

「サフィニア様は聡明ですから、すぐに習得なさいますよ」

「ありがとうございます。近いうちに、何かお尋ねするかもしれません」

「私に答えられることでしたらいつでも」


 城門に着いた。

 サフィニアはにっこりと笑いアオイたちを見送る。

 アオイも笑い返し、城を出た。



 イピリアで少し買い物をして、リコリスに帰ってきたのは月が昇ってきてからだった。

 もうカウンターに人はおらず、物を作業部屋に置いてからリビングに向かう。

 シオンがソファに座っていた。


「ただいま」

「おー、おかえり」


 手元の本から顔を上げて、シオンは笑う。

 アオイは隣のソファに腰を下ろした。


「どうだったん?」

「無事、治りましたよ」

「流石マスター。明日にでも詳細聞かせてな」

「うん」


 今日はもう遅い。

 セルリアはもう寝ているのだろう。

 アオイはそっと欠伸を噛み殺した。


「清書は明日だなぁ……」

「なんて名前にしたん?」

「女王の花」

「ほーん。作り方が楽しみや」


 アオイが清書した薬の作り方は、シオンによって誤字脱字の確認がされる。

 なので、シオンは今まで作り出した薬の製作方法を大方知っているのだ。


「あ、そういえば、セルリアはどうしてた?」


 短い期間とはいえ、留守にするのは初めてである。

 シオンも居るし、元気だろうが少し心配だった。


「セルちゃん……セルちゃんなぁ……」

「ん?何かあった?」

「……ううん。なんもあらへんよ。元気に読書してたわ」

「……そっか」


 シオンが何もない、というなら「何もない」のだろう。

 少なくとも、アオイの耳に入れるべきことは何1つ。

 アオイは立ち上がり、自室に向かった。


 シオンはその場に残って本を開く。

 だが、その目は文字を追ってはいなかった。

色の抜けた花は水色になってるかもしれません。

なってたらいいな、と思うので、なってた事にしましょう。

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