5,女王の花
カーネリアの温室に到着してすぐに、アオイはいつもカーネリアが座っている場所に向かった。
そして、普段彼女の背景として存分に活躍している花の中から1輪だけ、彼女の髪色と同じ色の花を切り取った。
その1輪を摘み取って、すぐにカーネリアの自室に戻る。
アオイ以外、誰もその行動の意味を理解できていなかった。
カーネリアの自室に戻ると、アオイは摘んできた花を薬を溶いた聖水の中に浸けた。
少しして、その色が変わる。
花の色が抜け、聖水に移った。
「よっし!」
「これで完成?」
「かな。これでダメなら最初から!」
カーネリアは、呆然とそれを見ていた。
そして、うわごとのように呟く。
「どういう理由でこうなるのだ?」
「人の心は薬になるんですよ。カーネリア様が愛情を注いだものを入れて完成、だったんですね。流石にサフィニア様を入れる訳にいかないので、花を1輪貰いました」
「薬とは、不思議だな……」
「まあ、ここまで来ると一種の魔法ですからね」
アオイは言いながらカーネリアに器を渡す。
カーネリアはそれを飲み干し、ゆっくりと器を置いた。
すると、カーネリアの髪がうっすらと光を放ち始める。
優しいその光はカーネリアを包み込み、結晶となってカーネリアの手の中に納まった。
毒々しさを含んだその結晶は、しかし美しさがある。
「……なるほど、魔法だな」
「そうですね。ビックリ」
「主、あれなに?」
「毒素の結晶化したもの、かな。まさかこう出てくるとは……」
唸るアオイに、カーネリアはその結晶を手渡す。
アオイは受け取って光に透かし、とりあえず聖水の中に入れた。
「……身体が軽い」
「良かったです」
「鈍った分を動かさなければな」
「そうですねぇ」
カーネリアはぐっと伸びをした。
体についていた重しが取れたようだ。今なら、騎士団の訓練にも混ざれる気がする。
アオイは緩い会話をしながら片付けを始める。
コガネとサクラにも手伝ってもらいながら、広げられた簡易薬師セットを収納していく。
大量に作られた試作の薬は、メイドが処理してくれるというので預けた。
片づけが大方終わり、来たときと同量に納まった荷物を持ってアオイはカーネリアに向き直る。
「では」
「ああ。次は茶をしに来い」
「はい」
にっこりと笑いあい、扉に向かおうとしたアオイが、突然振り返った。
目線の先には、窓から侵入した何者か。
その人物は一直線にカーネリアに向かっていく。
アオイはその手に握られたギラリと光る刃を見て、反射的に叫んだ。
「トマリ!」
その声に応じて、まるで初めから居たかのように闇から現れたトマリがカーネリアとその者の間に入り、ナイフを弾き飛ばす。
ナイフを弾かれ、あり得ないという表情でトマリを見たその人物は、あっけなく捕らえられた。
後ろ手に縛られ、床に転がされたその人物の前にしゃがみ、トマリはにやりと笑った。
「あり得ねぇ、って思ってんのか?」
何も返さないその人に、トマリは話しかけ続ける。
「あれの守りはメイドとコガネだけだと思ってたんだろ?」
その人は、何も言わない。
トマリの顔から笑みが消えた。
カーネリアに向けられたナイフよりずっと鋭い視線を向け、トマリは静かに言った。
「勉強不足だな、若造」
それだけ言って、興味がなくなったのかアオイの方に歩いてくる。
そのままアオイを通り過ぎて闇の中に入って行った。
「トマリー?」
「後は知らねえぞ」
「はーい」
アオイは捕らえられた人物を一瞬見て、メイドに向き直った。
メイドは心得た、といった風に頷き、一礼してからその人物を連れて行った。
カーネリアは弾かれたナイフを拾って手の中で回していた。
熟練者の動きだ。
そして、そのナイフはすぐに戻ってきたメイドに渡す。
「この短時間で二度も助けられたな」
「お怪我がなくて何よりです」
再び、にっこりと笑いあう。
その後ろで、サフィニアはトマリが溶けて行った影をじっと見つめていた。
コガネが気付いて、気にして得になる者ではない、と告げる。
「この国の中で、あのようなことが出来るのですね……」
「そういう種族なのですよ」
「アオイさんの契約獣ですか?」
「はい」
アオイは笑って、後ろの闇に呼びかける。
トマリーと声を掛ければ手だけ出てきてヒラヒラと振られ、すぐに引っ込んだ。
サフィニアはそれをキラキラとした目で見つめていた。
「すごい……」
「そんなに凄いものでもないです。そういう種族なだけです」
「コガネはツンツンしてるだけなので気にしないでください」
そんなことを言い合いながら、今度こそ荷物を持って扉に向かう。
「では」
「ああ。またな」
今度こそ、カーネリアの部屋を後にする。
カーネリアは見送りに出られず、メイドも部屋に残った。
代わりにサフィニアが見送りに来る。
少し離れた後ろに彼の世話役も居るようだ。
だが他に人はいない。
サフィニアは歩きながら話し始めた。
「すごいですね、薬師というのは」
「そうですか?」
「はい。初めて見た魔法です」
サフィニアは笑いながら言う。
その表情は、カーネリアにとても良く似ていた。
「薬学、学んでみようかと思うのです」
「サフィニア様は聡明ですから、すぐに習得なさいますよ」
「ありがとうございます。近いうちに、何かお尋ねするかもしれません」
「私に答えられることでしたらいつでも」
城門に着いた。
サフィニアはにっこりと笑いアオイたちを見送る。
アオイも笑い返し、城を出た。
イピリアで少し買い物をして、リコリスに帰ってきたのは月が昇ってきてからだった。
もうカウンターに人はおらず、物を作業部屋に置いてからリビングに向かう。
シオンがソファに座っていた。
「ただいま」
「おー、おかえり」
手元の本から顔を上げて、シオンは笑う。
アオイは隣のソファに腰を下ろした。
「どうだったん?」
「無事、治りましたよ」
「流石マスター。明日にでも詳細聞かせてな」
「うん」
今日はもう遅い。
セルリアはもう寝ているのだろう。
アオイはそっと欠伸を噛み殺した。
「清書は明日だなぁ……」
「なんて名前にしたん?」
「女王の花」
「ほーん。作り方が楽しみや」
アオイが清書した薬の作り方は、シオンによって誤字脱字の確認がされる。
なので、シオンは今まで作り出した薬の製作方法を大方知っているのだ。
「あ、そういえば、セルリアはどうしてた?」
短い期間とはいえ、留守にするのは初めてである。
シオンも居るし、元気だろうが少し心配だった。
「セルちゃん……セルちゃんなぁ……」
「ん?何かあった?」
「……ううん。なんもあらへんよ。元気に読書してたわ」
「……そっか」
シオンが何もない、というなら「何もない」のだろう。
少なくとも、アオイの耳に入れるべきことは何1つ。
アオイは立ち上がり、自室に向かった。
シオンはその場に残って本を開く。
だが、その目は文字を追ってはいなかった。
色の抜けた花は水色になってるかもしれません。
なってたらいいな、と思うので、なってた事にしましょう。




