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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
4章・女王の花
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4,庭園

 サクラから持ってきてもらった材料のおかげで、薬作りは順調に進んだ。

 少しづつだが確実に進む作業に、周りの雰囲気も明るくなり始める。

 アオイの行う作業は、薬を作っているようには見えなかった。


 アオイの容姿も相まって、不思議な神々しさがある。

 カーネリアはその光景に見惚れ、そっと息を吐いた。


「……ふー……」


 身体を起こしてぐっと伸びをしたアオイは、ゆっくりと立ち上がる。

 彼女を目で追っていた者たちは、どうしたのかと目で聞いた。


「これは少し寝かせます。月の光を当てて、朝日に晒せば完成のはずなので」

「本当ですか!?」

「はい。でも、これが効くのかはまだ分からないので、あと何種類か作りましょう」


 薬が完成したかもしれない、ということに喜んだのは、カーネリア本人より周りにいた者たちで、カーネリアはそうか、としか言わなかった。


「なんですかーその反応は」

「感心している」

「本当ですか?」

「ああ」


 どこか緩い会話をしながら、アオイは次の薬作りに取り掛かった。

 先ほどと同じような作業を、少し違う手段で。

 何度も何度も繰り返し、数本のビンを液体で満たす。


 それをコガネに預けて、アオイは何か別の準備を始めた。

 窓際に並べられていた実験の結果たちを回収し、何本かを別にする。

 別にしたものを鍋に入れ、他の材料を加えてコトコト煮込む。


 ここまで来ると、あとは翌日にならないとやることはない。

 アオイはカーネリアのベッドサイドに座って、のんびりと会話をしていた。


「アオイは、本当に優秀な薬師だな」

「そうですか?」

「ああ。お主が来るまで、これの原因すら分からなかったのだ」

「それなら、もっと早く呼んでくださいよ」


 文句を言えば、笑ってすまされる。

 カーネリアの体調は良くなったようにも見えるが、実際は変わっていない。

 本人の気の持ちようだったのだろう。


「まあ、まだ死ぬ気はないさ」

「来たときは未練はないとか言ってたくせに……」

「もう過ぎだことだろう」

「軽いなぁ……」


 立場に自由を奪われたこの女王は、自由の利く所ではこの上なく自由である。

 女王ではなく王女だった時は、供の1人もつけずに町に降りていたくらいだ。

 元々活発なこの人に、王城の中に縛られる生活は窮屈なのだろう。


 何かと理由をつけて王城から出ようとする女王を制御できるのは側近のメイドくらいである。

 まあ、彼女は余程の事がない限り女王を止めようとしないのだが。


「それはそうと、我に使われたのは何という毒だ?」

「気になるんですか?」

「ああ」


 アオイは小さくため息を吐いて、コガネに声をかける。

 コガネはサクラの持ってきたカゴから1冊の本を取り出し、カーネリアに手渡した。


「ギューヴィルの毒です。58ページくらいですね」

「……これか」

「それです」


 ギューヴィル。第1大陸の端、暗黒の大地に少数生息している魔獣である。

 上位種であり、討伐は容易ではない。

 体全体が毒であり、解毒法は確立されていない。

 今回の薬が効けば、これが初の解毒剤になるだろう。


「姿は分からんのか」

「羽の生えた蛇、らしいですよ。その本は割と古いから載ってないんですね。新しい本になら載ってるはずです」

「そうか」


 話しながら、アオイはカーネリアを盗み見た。

 穏やかな表情、優しい声色、こうして床に伏していると、騎士より強いことなど嘘のようだ。


「カーネリア様も姫だったんですもんねぇ……」

「なんだ唐突に」

「いや、儚げだなと」

「アオイに言われるとは、もう散るのかもしれん」

「今から治そうって時に何をおっしゃいますか」

「冗談だ」


 フッと笑って、カーネリアはアオイに手を向けてきた。

 アオイが手を取ると、ゆっくりと歌い始める。


 花を咲かせる春の風 花と踊ろう夏の風 花を繋ぐは秋の風 花と眠る冬の風

 季節よ巡れ 巡って踊れ 踊って回って、戻って来よう

 全ては神の気の向くままに

 されど我らは我らの道を

 風よ吹け 我らの国に

 神の目届かぬ我らの国に 季節を告げるは風のみぞ


 優しく響く声に、アオイはそっと目を閉じた。

 この国に魔法はないはずだが、どこか魔法の気配を帯びた歌だった。


「何の歌ですか?」

「さあな。代々口伝いに歌われている」

「きれいな歌ですね」

「そうだな」


 アオイの後ろで、コガネが小さくその歌を口ずさんでいた。

 アオイが視線を向けると、何か考えるように外を見ていた。


「コガネ?」

「……どこかで、聞いた気がする」

「ほう。この国にしかないものだと思っていたが」

「昔、すごい昔。誰かが歌ってた……」


 コガネはしばらく考えて、思い出せないのか首を振った。

 もう空の日は落ちており、メイドに案内されて客間に向かう。

 サクラは初めての客間にはしゃいで、すぐに寝落ちた。

 アオイとコガネは薬を月明かりに当てながら、ゆっくりと会話をする。


「花よ舞え、空に舞え、風と踊り、水と歌おう……」

「それは?」

「あの歌と、似てる歌。聞いたのも、同じ場所だと思う」

「そっか」


 ビンを抱えて窓辺に座り、コガネはゆっくりと歌い始める。

 アオイはその声を子守歌に、気付けば眠りに落ちていた。

 目が覚めた時には薬は完成し、アオイはベッドの中に入れられている。


「おおう……ごめん、ありがとうコガネ」

「ううん、薬これで大丈夫?」

「うん。完成してる。ありがとう」


 サクラもいつの間にか起きていて、アオイの周りをクルクルと回っている。

 そのまま目を回した。何がしたかったのだろうか。


 部屋に現れたメイドに連れられ、アオイたちはカーネリアの元に向かった。

 カーネリアはまだ眠っていて、先に薬を準備してしまう。

 サフィニアも部屋に来て、カーネリアが目を覚ます。


「出来たのか」

「はい」

「そうか」


 聖水に溶いた薬を渡し、カーネリアはそれを飲み干した。

 少しして、アオイはカーネリアの血を採取して確認をする。

 結果は、微妙なものだった。


 薄まりはした。今すぐに死んでしまう、ということはないだろう。

 それでも、完全に消え去ってはいない。

 アオイの表情で気付いたのか、カーネリアは何も言わなかった。


 考え込むアオイにコガネが声を掛けようとした時、アオイが急に立ち上がった。

 勢いが良すぎて、コガネがのけ反った。

 アオイはその勢いのままカーネリアに向き直る。


「カーネリア様、温室の花を1輪頂いてもいいですか?」

「構わんが……」

「ありがとうございます!」


 カーネリアはアオイの勢いに押され、メイドに案内するように言った。

 アオイは勢いを落とすことなく部屋を出て行った。

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