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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
3章・悪魔の目
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7,お茶会

 その日は出店リコリスがイピリアに行く日であり、アオイがイピリアの女王カーネリアから誘われていたお茶会に行く日だった。

 珍しくレースやフリルが付いた服を着て、外套を羽織ってフードを被ったアオイは出店リコリスの中で座っていた。


 乗る際の定位置に座り、中に置かれた箱を眺める。

 慣れたように手元の紙をめくるコガネを眺めて、窓の外の景色を眺めて微笑む。


「リコリスに乗って出かけるのは久々かも」

「……言われてみれば」


 普段出かけるときは徒歩で国まで行って馬を借りるか、海路で行くか、モクランと出かけるかである。

 そもそもアオイは「お出かけ」をあまりしない。

 それこそモクランと出かけるか、何か厄介ごとを抱えた客が来た時くらいしか出かけない。


 時折こうしてお茶会に呼ばれて行くときしか出店リコリスに乗らないかもしれない。

 考えているうちに森を抜け、イピリアが見え始めた。

 イピリアに入ってすぐにリコリスを呼び止める声がして、アオイは店から降りた。


「じゃあ、行って来るね」

「気を付けて。帰りは迎えに行く」

「お願いね」


 手を軽く振って去って行くアオイに、顔を見たわけでもないので視線を釣られる人が何人かいた。

 魔力は感じないはずだが、やはり何かあるのだろう。



 アオイはコガネたちと別れてからまっすぐ王宮に向かい、正門に近付いた。

 門番が手に持った長い槍で制してくるのを、門番にだけ見えるようにフードを上げてみせる。

 門番は一時停止し、ハッとしたように槍をどけた。


「ありがとうございます」


 二コリと笑って言われ、その日門番はどこか呆けていた。

 アオイが城に入ってすぐ、カーネリアの側近であるメイドが現れ、カーネリアの管理する温室まで案内してくれる。

 その花園は何回入っても見とれてしまう美しさだった。


 温室の中心で、花に囲まれて微笑む人がいた。

 日の光でキラキラと輝く銀髪、深い赤紫の瞳。

 出会ったときは軽装で髪を1つに纏めていたが、今は降ろしてドレスを着ている。

 魔力は発されていないはずなのに、どこか高貴な気配を纏った人。


「お久しぶりです、カーネリア様」

「よく来た、アオイ」


 この国の女王は、アオイを見て気配を柔らかくした。

 そしてすぐに茶を用意させ、アオイに座るよう促してくる。


「変わりないか」

「はい。カーネリア様は益々お美しく」

「お主に言われても世辞としか思えんな」

「まさか。お世辞など言いませんよ面倒くさい」


 言い合って、同時に笑う。

 家臣が聞いていたら心臓が止まりそうな会話だが、彼女たちは友人である。軽口くらい叩く。


「髪が伸びたか」

「そうですね。カーネリア様は切りましたか」

「少しな」


 話している間にお茶と茶菓子が置かれる。

 この温室の花園に入れるのはカーネリアの許可を得た者だけであり、現在はカーネリアと側近のメイド、アオイとアオイの契約獣のみである。


 カーネリアは女王になってからそれまで以上に色々なものに縛られていた。

 それを感じずに過ごせる場所はこの花園だけであり、アオイと茶会をしたがる理由もそれだった。

 唯一の友人であるアオイと自身の花園で茶会をする、それがカーネリアの望むことである。


「あ、そういえば、うちに人が増えたんですよ」

「契約獣か?」

「いえ、拾い子です」


 茶を啜りながら言ったアオイに、カーネリアは目を瞬かせる。


「拾い子」

「はい」

「どこでだ?」

「森の浅いところで」

「……ああ、悪魔の目か」

「ご存知でしたか」


 納得したのか1人頷くカーネリアに、アオイは微笑んだ。

 同じ大陸内の事だ、知ってはいるだろうと思っていたが、やはりこの女王は博識である。


「そんな伝承、何にもならないと思うのだがな」

「大事にはされていたようですが、大きな守りのない村では仕方のない事、なのですかね」

「思っていないだろう」

「ええ、まあ」


 この女王は意味のない犠牲を好まない。

 女王という立場上、他の者を犠牲にせざるを得ない場面もあるが、それを最小限にしようと動く人物だった。


 アオイとは根本が違うが、考え方はどこか似ている。

 話は合うので、多少の考えの違いは気にならなかった。

 どうしてそう思うのかも理解できるため、今まで大きな衝突はない。


「今度の茶会に連れてこい」

「よろしいのですか?」

「ああ。アオイの娘……妹、か?なら、会ってみるのもいいだろう」

「妹、ですね。連れて来ます」


 その後も取り留めのない事を話し続け、気付けば夕方も近い。

 そろそろコガネが迎えに来るだろうか、と温室から出る。

 出てすぐに家臣がカーネリアを呼びに来て、カーネリアは名残惜しそうに去って行った。


 アオイはいつもコガネを待つ場所に移動し、美しい城内を眺めていた。

 そこに1人の少年が近付いてくる。

 カーネリアの息子、つまりはこの国の王子である。


「お久しぶりです、アオイさん」

「お久しぶりです、サフィニア様」


 カーネリアと同じ髪色をした少年は、アオイに柔らかい笑顔を向けた。

 何か言いたいことがあるのか、その場に留まるサフィニアにアオイは何も言わずに前を向く。


「お時間、少々よろしいですか?」

「もちろんです」


 アオイが答えると、サフィニアは手早く人払いをした。

 自身の世話役以外がいなくなったことを確認すると、表情を暗くした。


「母君の事なのです。僕には、アオイさんに向けるような笑みを向けてくれない……僕は、母君に警戒されているのでしょうか……」

「カーネリア様は警戒している人を自室に入れませんよ。サフィニア様はカーネリア様の自室に入れるのでしょう?」

「はい。……ですが、花園には入れない」

「そうですねぇ……カーネリア様は、怖いのだと思いますよ」

「母君が、何を怖がるのです?」


 アオイは、カーネリアに言わないでくれ、と前置きして話し出す。


「貴方と、敵になることが。カーネリア様には敵が多いでしょう?貴方と、愛した息子と敵対した時が怖くて素直に愛せないのですよ」

「僕が敵になると思っておられるのですか……」

「いいえ、そうではなくてですね、カーネリア様は、常に最悪を想定していらっしゃいますから。最悪の場合、サフィニア様が何者かに利用される可能性もある訳です」


 なんと言ったらいいだろうか、とアオイが悩んでいる間に、サフィニアは立ち上がった。


「ありがとうございます、アオイさん。僕は、母様が心配せずに過ごせるくらい、僕を利用しようとする者を判別できるくらい賢くなろうと思います。それに……母様を守れるくらい強く」

「なるほど。そうですね。……ですが、カーネリア様はお強いですからね……カーネリア様を守るのは中々大変そうです」

「はい。最終目標は母様に勝つことですね」


 王子は晴れ晴れとした表情で去って行った。

 あまり良いアドバイスは出来なかったが、何か吹っ切れたらしい。

 カーネリアの呼び方も、取り繕った母君が剥がれていた。


「カーネリア様は母様の方が好きみたいだしね」


 呟く声は誰にも聞かれず、迎えに来たコガネと共にアオイは王宮を後にした。

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