5,移動型万能店
セルリアがリコリスに来てしばらく経った。
昼は基本シオンと一緒に店に居て、シオンが昼寝に出るとついて行く。
ウラハやモエギの手伝いもするし、とてもいい子だ。
今日はアオイが「来客の予感がする」と言っていたので、一日店番である。
ちなみにセルリアの服はモエギが作った少女らしい可愛らしいものになっている。
髪も纏められ、どこかの令嬢といっても通じそうだ。
「しおんにい、きょうおきゃくさんくるんだよね?」
「そうやな。マスターが来るかもって言ってたからな」
「わたし、ここにいていいの?」
「ええんよ」
家の中で気にすることは無くなったといえ、やはり目は気になるのかそんなことを聞いてくる。
これで客が新規で「悪魔の目」とか言ったら誰が1番怒るだろうか、などと考えていたシオンの思考は、突如として外に影が落ちたことで止まる。
上から来店。そんなことをするのは、出来るのは1組くらいだ。
とにかくこれで「悪魔の目事件」は起こらない。
勝手に事件にしたシオンの考えなどいざ知らず、上から来店したその馬車の主が店の扉を開けた。
「やあ、久しぶり」
ブロンドの髪を後ろで布にくるんで1つにまとめ、澄んだ青い目をしたその人物は言った。
見た目は少女である。ただ、その雰囲気は明らかに成熟している。
どこか凄みすらあった。
「久しぶり、マスター呼んで……ああ、呼ばんでも来るな」
「そうかい。……ところで、この可愛い子は?」
「セルリア。かわええやろ?」
「そうだね」
突然のことに頭が追い付いていないのか、セルリアは固まっている。
声を掛けられて、ハッとしたように動き出した。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
にっこりと笑って返され、目を隠さなくていい事に気が付いたのか嬉しそうにシオンを見た。
そうこうしていると暖簾をくぐってアオイが現れる。
「チグサさん。お久しぶりです」
「久しぶり、アオイちゃん。注文いいかい?」
「はい」
アオイが注文を聞いてメモを取り、作業部屋に引っ込んだ。
それを見送って、シオンはチグサに声をかける。
「今って開店してるん?」
「うーん。どっちでもいいよ。何か欲しいものでも?」
「絵本」
外に出よう、と促され、セルリアを連れて扉を開ける。
店の前の空間に、大きな馬車が止まっていた。
引いている馬は休憩なのか今は居ない。
目を丸くして見上げるセルリアを見て、チグサは得意げに声を上げた。
「よし、アジサシ開店!」
その声を聞いて馬車の1階が開かれ、店の形態になる。
中にはすでに人がいて、いつでもどうぞ、と笑みを浮かべていた。
この馬車は「移動型万能店・アジサシ」という。
世界中を旅しながら先々で仕入れと販売を繰り返す行商人、であるのだが、規模がとにかく大きかった。
この馬車も、2階建てに見張り台が付いて3階層である。
魔物の討伐も解体も鑑定も店員(アジサシ内では団員と呼ばれている)だけで行えて、そのうえ商売上手でコネも伝手も多く持っている。
下手な冒険者よりよっぽど強い集団である。
そんなアジサシの「団長」であるチグサは、自分の事を鑑定しか出来ない小娘、と称しているがアジサシがここまで大きくなったのも、絶大な信頼を得ているのもチグサの功績である。
団員からは「団長の話を聞く時は、アジサシ自慢は話半分、自分の話は2割増しで聞け」と言われたことがある。
「絵本ってどのくらいあったっけ」
「絵本。絵本な、ちょいまち」
チグサに声を掛けられて、団員が後ろの箱を漁る。
その間にシオンがセルリアを抱えて店を覗かせる。
セルリアは目をキラキラさせて出てくる絵本を見ていた。
「セルちゃん、どれがいい?」
「えっとね、えっとね」
嬉しそうに選ぶセルリアを見て、団員も嬉しそうに笑う。
しばらく悩んで、セルリアが1冊の絵本を選んだところでサクラが飛び出してきた。
そのまま何かを探し、湖の方に走っていく。
後を追ってみると、サクラは馬に抱き着いていた。
馬も嬉しそうにしている。
「久しぶりー!」
白と黒、2頭の馬に抱き着いて、馬を撫でまわしながら言うサクラを止めたのはその馬。
サクラを咥えて、器用に自分の背に乗せる。
いつの間にか寄ってきていたモエギももう1頭の馬の背に乗せられ、敷地内だが散歩が始まった。
サクラとモエギはまだ人の姿が取れなかった時からこの馬たちと仲が良く、再会のたびに長々とじゃれあうのだ。
馬を連れていたフードを目深く被ったアジサシ団員の許可も下りたので、馬たちは2人との再会を楽しむように駆け足で敷地を動き回る。
アオイはアジサシからの大量注文をこなすために作業部屋に籠っていて、コガネも手伝いのために作業部屋に居る。
モエギはしばらく戻ってこないだろうから、昼食の支度は私かな。
ウラハはそう考えてキッチンに立った。
「マスターとコガネが片手間に食べるもの……確実な方がいいわね」
考えながら支度を始め、窓の外で楽しそうに過ごす人たちを見て微笑んだ。
その微笑みは、さながら聖母のようであった。
アジサシさーん(*‘∀‘)