1,拾い子
ウラハは何か違和感を覚えた。
それは突然で、何が原因か分からない。
だが、どうにかすべきものだと思った。
アオイに報告し、サクラを連れて迷いの森に入って行った。
どのくらい時間が経っただろうか。
日が沈んでから戻ってきたウラハは、腕に少女を抱いていた。
眠っているのか、動かない。
外傷などはなく、とにかく起きてから事情を聞こう、と2階の空いている部屋に寝かせた。
「うーん……どういう状況?」
「森の、かなり浅いところに1人だけで居たの。近くに他の人の気配はなかったわ」
「寝てた、の?」
「ええ。木にもたれかかって」
ウラハから状況の説明をされても、なぜ1人で迷いの森に居るのか分からない。
本人から事情を聞くしかないな、と一旦諦めて、イスに座って寝顔を眺める。
アオイは何となく、この少女と縁があるような気がした。
それが何なのかは分からなかったが、ここでこうしている以上縁はあったのだろう。
寝顔を眺めながら、親を探すのにどれくらい掛かるだろうか、と考えた。
幼い子供が親と離れるのは不安だろう。早く見つけなければ。
考えて、ふと思う。
親。私の両親は、どうしているだろうか。
アオイは頭に浮かんだその疑問を消し去るように頭を振った。
今考えることではない、と思考の外に押し出して、眠る少女を見守る。
少女のまつ毛が揺れた。
最も早く反応したのはコガネ。それに釣られるようにアオイが覗き込む。
2人に見つめられながら、少女は目を覚ました。
目を覚ました少女はゆっくり瞬きをして、アオイを見上げた。
そして、舌足らずに声を発する。
「てんしさま?」
「……うーん、天使では、ないかな」
アオイがそう言うと、少女は急に手で顔を覆った。
正確には、目を覆った。
「え、どうしたの?どこか痛い?」
アオイの問いかけにも、答えない。
どうしたらいいのか分からなくなり、アオイはコガネを見た。
コガネはアオイの耳に口を寄せる。
「悪魔の目、だろう。第4大陸には、一部の村で緑眼を悪魔の目として忌み嫌う風趣がある」
「……この子は……」
「捨て子だろうな」
2人の会話は聞こえていないのか、少女は目を隠したまま動かない。
その綺麗な澄んだ緑色が、自分が捨てられた理由だと知っているようだ。
アオイは少し考えて、サクラを呼んだ。
契約獣は主に呼ばれていることが分かる。サクラはすぐに来た。
「主!どうし、あ!目が覚めたんだ!」
サクラが部屋に入ってきて、少女は目を隠すのも忘れて驚いたようにサクラを見た。
少女が見つめるその瞳は、萌木色。
おそらく、自分以外の緑眼を初めて見たのだろ。
「あくまのめ……?」
呟く少女にサクラは首を傾げ、コガネに呼ばれて横に座った。
アオイは少女に微笑んだ。
「もう、悪魔は居ないよ」
「いないの?わたしのめ、あくまのかけらなのに?」
「うん。悪魔は居ないよ。あなたの中にも居ないし、目の中にも欠片はないよ」
少女はアオイの言葉に首を傾げて、サクラを窺い見た。
サクラはなぜ自分が見られているのか分からないようで、首を傾げて少女を見つめている。
「あ、主-。モエギがご飯作ってるよ!持ってくる?」
「うん。お願い」
サクラは笑顔で部屋を出ていき、少女はおずおずと声を発した。
「あくま、どこにいったの?」
「居てほしかった?」
「ううん。でも、おとうさんとおかあさんのところにいったら、おかあさんがないちゃうから」
「……悪魔は倒したよ」
コガネに言われて、少女は驚いたようにコガネを見た。
目を見開いてコガネに尋ねる。
「おねえちゃんがたおしたの?」
「うん。私、強いから」
「すごい!」
事実コガネは悪魔の1体や2体倒せるので、嘘ではない。
全く別の悪魔なら倒したこともある。
アオイは後でお供たちに辻褄合わせをしよう。と決めて、少女に向き直った。
「悪魔は居なくなったけど、あなたはどうしたいかな?」
「どうしたい?」
「うん。何か、したいことはある?」
もし何かやりたいことがあるなら、それをやらせたかった。
おそらく窮屈な生活をしていたであろう少女に、やりたいことをさせたかった。
何か専門的な技術であれば、知り合いに頼んでどこかに弟子入りさせることも出来る。
急に聞かれて、少女は戸惑ったようだった。
何か考えて、口を開く。
「わかんない……」
困ったように眉尻を下げてそう言った少女の頭を、アオイはゆっくりと撫でる。
少女は嬉しそうに身を委ねていた。
「じゃあ、ここに居る?」
「ここに?」
「うん。何かしたいことが見つかるまででも、どこか別の所に行きたくなるまででも、好きなだけここに居ていいよ」
「いいの?」
「うん」
アオイに言われて、少女は目を輝かせた。
そして、ためらいがちに言う。
「あのね、えほん、よみたいの」
「どんな絵本がいい?」
「よんだことないのがいい」
「じゃあ、買って来よう」
「ありがとう!」
素直に希望を口にする少女に、コガネは少し考えを改めた。
悪魔の目をした子供は迫害されて奴隷のように扱われていたものだと思っていたが、この少女はそうではなかったようだ。
アオイに全く邪気がないから、というのもあるだろうが、奴隷のような扱いを受けていたならこんなに素直に受け答えをしないだろう。
コガネはアオイに伝える「悪魔の目」の内容を頭の中でまとめた。
そうこうしていると、扉が開く。
サクラが入ってきて、お盆を持ったモエギが続いて入室した。
「持ってきました。……食べられるかな?」
「たべれる。ありがとう、おねいちゃん」
「お兄ちゃんです……!」
モエギが撃沈した。
悪意のない子供に言われたのが心に来たらしい。
この子のためのリコリスと言っても過言ではありますがこの子を出したくてリコリス書いてたはあります