蒼の薬学書
最終話、になります。
長々あとがき書いているので、興味のない方はスポーンと飛ばしてくださいまし。
アオイのもとにその知らせを寄こしたのは、レヨンの小鳥だった。
代金はいらない、という珍しい書き出しで書かれたその手紙を読んで、アオイはすぐに遠出の準備を始めた。
目的地は第一大陸。
日帰りは出来ない距離だったが、リコリスは空けていても問題ないので向かうことにした。
数年前なら躊躇っただろうが、セルリアは既にリコリスを出ているので今躊躇う理由はない。
珍しく旅人らしい道を選んで、長く店を空けても問題ない量の薬を作って。
連れていくのはコガネだけ。きっとトマリは付いてくるだろうが、それは別の話だ。
リコリスを出て第四大陸から第五大陸に進み、第五大陸から内海を通って第一大陸に入る。
向かうのは第一大陸のクンバカルナという国だ。
到着までに三日かかったが、長くは滞在しないつもりで来た。
クンバカルナの中は、以前来た時よりも活気に満ちていた。その中を進んで、あらかじめトマリに探してもらっていた建物に向かう。
軽くノックをすると、少ししてから目元が赤い青年が現れた。
被っていた外套を下ろすと、何かに気付いたのかハッとして言葉を紡ごうとする。
それよりも先に、アオイは微笑んで静かに言った。
「こんにちは。ナーセルさんは、どこにいらっしゃいますか?」
青年は何か言おうとして、アオイがすでに知っていることを察したのか泣きそうな顔で建物の裏へと案内してくれた。
その先には教会があり、その傍の墓地、その中でも静かな一角にまだ新しい墓石が立っている。
青年に礼を言うと、青年は渡すものがあるから建物に寄ってくれ、と言って去って行った。
それを見送って、アオイは墓石の前にしゃがみ込む。
そこに眠る人に目線を合わせるようにして、持ってきていた花を手向けた。
「お久しぶりです、ナーセルさん。結界の完成、おめでとうございます。
おめでたいですけど、酷いですよ。結局あれから会いには来てくれませんでしたね。
でも、最後まで制作に関わったと聞いてますから。私は、その手伝いが出来たと誇るべきなんでしょうねぇ……
ねえ、ナーセルさん。私、本を作ったんです。
最上位薬師ですから、一冊くらいちゃんと薬学書を作ろうと思って。
名前はそれなりに格好つけて、蒼の薬学書にしました。
その中に、今まで作った薬を収めたんです。
悪用されそうなものを暗号化していったら、ほとんど暗号になったんですけどね。
……美しき茨も、収めましたよ。しっかり暗号化しましたけども。
あれは、私にとっては嫌なものでしたけど、ナーセルさんはあれがあってよかったって思ってくれてると勝手に思ってるので。
……でもやっぱり、一回くらい会いに来てくれても良かったじゃないですか。
待ってたんですよ、会いたかったですよ」
墓石は何も答えない。当然だ。
アオイが思っていたよりも穏やかに発せられる声は、静かなまま消えていく。
涙は出なかった。流すべき涙は、薬を作った時点ですでに流し終えている。
「一冊、置いて行きますね。読んでみてください。どうせ、やることなくて暇でしょう?」
そういって、アオイの作った最初の薬学書「蒼の薬学書」を一冊花と共に供えてからアオイは立ち上がった。
あの建物、ナーセルが仲間たちと共に結界の研究をしていた研究所に呼ばれていたので行かなくては。
扉をもう一度ノックすると、先ほどの青年が何かも持って現れた。
渡されたそれは、ナーセルの字で何かが書いてある。
「貴女のことだと、思うんです。黒髪の薬師が、もし訪れたらって言ってたから」
「そう、ですか。……そうですか。確かに、受け取りました。ありがとうございます」
渡された手紙をもって、宿の部屋に戻る。
明日には帰る予定だったがそれ以外に予定はない。
手紙を広げると、そこには感謝と謝罪と、ついでに結界の詳細が書かれていた。
ふふ、と笑って、空を見上げて息を吸う。
結界の制作者たちは、国王から直接褒美を、と言われていたが結界の完成直後にナーセルが倒れ、ナーセルがいないのに褒美をもらう権利はないと断ったらしい。
それはそれで彼女に文句を言われそうだが、急に倒れたのはナーセルのほうだ。
生きがいと言ったそれを完成させて、それからすぐに行ってしまったのだから本当に止まることを知らない人だ。もう少し、ゆっくりしても良かったのに。
「……コガネ」
「なんだ?」
「薬師会に連絡いれて。薬学書持ってくから人を集めとけって」
「……分かった」
このまま止まったら、さらに置いて行かれそうだ。
なら進んでおこう、と後回しにしていた薬学書の説明をしに行くことにした。
作る人が果たしているのかどうか分からないような薬の数々は、こうして収めてみると壮観だ。
「……こりゃあ、次の最上位薬師は大変だなぁ」
なんて、ナーセルの声が聞こえた気がしたけれど。
そうですねぇと他人事の返事をして、アオイは手紙を荷物の中に仕舞った。
最上位薬師、アオイ・キャラウェイが作成した薬学書。
それは薬師会と、彼女と交流のある者たちのもとに収められたが、内容はほとんどが暗号化されていた。
されていないものは解毒薬がほとんどで、されているものはアオイが悪用されそうだと判断したもの。
暗号化してあるが、薬師ならば解けるものだろうとアオイが薬師会で笑顔で言い放ったので、薬師たちは暗号化する前の内容を尋ねることが出来ず。
暗号化していない原本は、アオイが保管しているものともう一冊しかないらしい。
内容が分かったとしても、最上位薬師が作り出した薬はほとんどが制作困難であり、それでも薬学書を手元に置こうとするものは多かった。
そんな最上位薬師は現在、のんびりと暮らしながら二冊目の薬学書を作っているのだとか。
さて、これでリコリスは完結になります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
前作エキナセアが三年かけて完結。今作リコリスは一年とちょっとで完結になり、文字数は大体同じくらいだったかなーと記憶しております。
つまり、私は話書くのが速くなったのでしょうか。そうだといいな。
……さて、長々あとがき書いてやろうと思ったのに、いざ書くとなるとあまり浮かばないもので。
一先ずは、読んでくださった皆様に圧倒的感謝を。本当に、ここまでお付き合いいただきましてありがとうございます!
そしてですね、最後の最後でセルちゃんがリコリスから旅立ったとか言ってたと思うのですが、次はそのリコリスを出たセルちゃんの話とか書きたいなーと思っております。
四月から生活が変化するので、書けるかも書いたとしていつから上がるかも何も分からないのですが。まあそのうち書くと思います。
欲を言えばそちらも、読んでくれると嬉しいなぁと欲を出しつつ。
書きたいことは書いたので、そろそろ引っ込もうかと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
機会があれば、またどこかでお会いしましょう。
それではさようなら。瓶覗でした。