表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
おまけ
184/190

黒ウサギと善良な老人 3

 青年は、老人について回る黒ウサギを不思議そうに見ていたが、老人に勧められて椅子に座り、慣れたように背負っていた大きな荷物を下ろした。


「アマナもお座り」

「はーい」

「シン爺、この子は?」

「拾った。いい子じゃよ」


 奥から出されてきた椅子に座って、アマナと名を貰った黒ウサギは青年をじっと見つめる。

 老人以外の人間を近くで見るのは初めてなのだ。

 時折、散策に出た時などに遠巻きに冒険者を見たことはあったがそれだけで。


 じっと見つめられて、青年は少し困ったように目を逸らした。

 その間に老人は3人分のお茶と茶菓子を用意して席に着く。


「さて……今日から、少し多めに頼めるかの?」

「いいぜー。入れとくか?」

「うむ。まあ、あとで良い」

「おじい、この人は?」


 老人が座った途端に黒ウサギはそちらを向いてじいっと視線を注ぎ始める。

 老人は慣れたようにお茶を差し出しながら目を合わせた。


「ディラム、商人だ」

「しょうにん……町にいるって言ってた」

「大体はな。ディラムはここまで物を運んできて売ってくれるのだ」


 ふうん、と呟いて、黒ウサギは青年に目を戻す。

 何も言わずに見つめてくる黒ウサギに、青年は助けを求めるように老人を見た。


「……アマナ、魚を取ってきてくれるか?」

「うん!何匹?」

「そうさな……5匹もいれば十分だ」

「分かった!」


 老人に言われ、黒ウサギは元気よく家を出ていった。

 それを見送って老人は青年に向き直る。


「で、どうした?」

「いや、ただめっちゃ見てくるなって思ったんだが……なあ、シン爺」


 青年は気配を少しだけ怖くした。

 老人は一切動じずにただ穏やかにそれを見ている。


「あの子、黒ウサギじゃないのか?」

「そうじゃろうのう。うさぎだと言っておった」

「危険じゃねえの?」

「さてのぅ」


 老人に何を言っても聞かないと分かったのか、青年はそっと頭を抱えた。

 そして、机に突っ伏して老人を見る。


「……シン爺なら大丈夫だろうけどさ、黒ウサギって基本危険な種だからな?」

「うむ。知っておる」

「だろうねぇ」


 老人がただの無知ゆえに黒ウサギを傍に置いているわけではないことは、青年にはよく分かっていた。

 この老人との付き合いはそれなりに長い。

 青年が少年であった頃、老人が隠居する前からの知り合いである。


 だからこそ、青年は老人が黒ウサギを置いていることが不思議だった。

 黒ウサギが、老人の傍にいることが不思議だった。

 冒険者稼業を引退して植物のような気配を纏うようになったとはいえ、黒ウサギがその気配に気付かないことがあるのだろうか。


 黒ウサギとは、非常に危険で気配に敏い種なのだと教わっていた。

 だが、先ほど見た黒ウサギはどうか。

 とっさに危険であるという認識が出来ないほど、ただの子供のような気配をさせている。


 それでも一瞬、意識はしていないのだろうが質問をするその瞬間だけ、殺気のようなものが迸ったのだ。

 それもすぐに収まったが、それでも警戒するのには十分な威圧感だった。


「……はあ。まあ俺よりシン爺の方が色々分かるだろうけど……そもそもなんで黒ウサギを家に置いてるの?」

「迷い込んできた故な。昔、黒ウサギは純粋なだけだと聞いたのだ」

「それで手懐けるんだからすごいよ」


 ため息を吐いて、青年が立ち上がる。

 横に置いていた大きな荷物を持つと、家の奥に向かい始めた。


「じゃあ、補充してくる」

「ああ。頼んだよ」


 老人はお茶を啜って、ひらりと手を振った。

 青年は持ってきた荷物の中から、以前来た時から減っている分だけを棚に入れていく。

 随時メモを取りながら作業を終え、リビングに戻ると黒ウサギが戻ってきていた。


 言われた通りに捕まえてきた五匹の魚を器用に捌きながら老人と何か話していたが、青年に気付いてパッと顔を上げる。

 それに続いて老人も顔を上げ、青年は手に持ったメモを差し出して老人を見た。


「一応減ってた分とそれ以上の追加分と分けて書いたけど」

「うむ。問題はないな」


 その紙の最後に書かれている値段を確認して、老人は立ち上がって戸棚を開けた。

 その中から皮の袋を取り出して、数えて青年に差し出す。

 青年もそれを確認して、自分の腰の袋に入れた。


「確かに。じゃあ、次は一月後に」

「うむ。道中気を付けてな」

「シン爺もいろいろ気を付けて」

「ばいばい?」

「おう。ばいばーい」


 荷物を背負い直して、青年は家を出ていった。

 それを見送って、黒ウサギは老人を見る。


「おかね」

「そうだ」

「稼がないともらえないって」

「これは昔儂が稼いだ分じゃよ」

「昔?」

「まだ老人でなかったころだ」


 途端、黒ウサギが目を輝かせたので老人の昔話をしながら魚をさばいて、今日の夕食と保存のために仕込みをしていく。

 最初は老人がやっているのを見ていただけだったが、最近では黒ウサギだけで出来るようになっていた。


 初めに殺戮以外のものを知らない分、黒ウサギは教わったものを良く吸収する。

 老人から教わって、畑の世話も魚とりも害獣の駆除も料理も洗濯も何も出来るようになったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ