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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
2章・血をすすぐ雪の剣
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9,夜明け

 村人たちが集まっていた。

 生贄の儀式は今日の夜であり、生贄にする娘が逃げないように見張りをさせていた者に娘を拘束してこい、と指示を出していた。

 見張りがそれを実行しようとしたとき、村の近くで何かが崩壊するような地響きがした。


 村の長老たちは何事かと音の出どころを探し、そこで崩壊した魔神の住処と血で濡れた見知らぬ青年、そして生贄の儀式を邪魔しようとした反逆者の姿を見た。

 死んだと思っていた。まさか、生きているはずがないと。

 生きていたとして、魔神を倒せるはずがないと。


 長老が何か言うより、青年が動くのが早かった。

 青年は反逆者を横抱きにして、傷だらけの身体だとは思えない身軽さでその場から離れた。

 一拍置いて、怒声が響く。


 反逆者を捕らえろ、我らの村の安泰を崩す魔女を捕らえろ。

 その怒声を聞きながら、生贄にされるはずだった娘は纏めておいた荷物を持って家を出た。

 皆その声に気を取られて、誰も彼女に気が付かない。


 玄関からではなく、鍵の壊れた窓から抜け出したため、見張りも全く気付いていない。

 この村には、魔法使いはいない。

 魔力を探知することが出来る者も居ない。

 ならば、彼女が抜けだしたことに気付けるわけはなかった。


 混乱に乗じて村を出て、国を目指そうと思った。

 姉は自分を助けてくれた。

 姉は自分に会いに来てくれた。

 なら、今度は自分から行く。


 いつか姉と再会できる日を願って、生贄の娘は走った。

 走って走って、村からだいぶ離れたところで一度足を止める。

 乱れた息を整えて、来た道を振り返る。

 後悔はない。ただ、少しの同情があった。それを振り切るように勢いをつけて前を向き、少女は地面を踏みしめた。




 ジーブに抱えられて高速で移動しながら、フレアはどうしても村の方を振り返らずにはいられなかった。

 フラムは、無事に逃げられただろうか。

 その心配だけが、どうしても消えない。


「すまん、少し、休む」


 苦しげに言われて、フレアはハッとした。

 あまりにも軽々と自分を抱えるからその意識は薄れていたが、ジーブは魔神との戦いで傷を負っていた。

 慌てて腕から降りて、アオイに渡されたのを思い出してハイポーションを取り出す。


 ポーションより効果の高いそれは、大きな傷を表面だけだが塞いでくれた。

 フレアも少し傷を負っていたが、それは無視してもらった分をすべてジーブに使う。

 村からは大分離れたので、追ってくる声は聞こえない。


 ここからは歩こう、と言って報告のためにリコリスに向かった。

 向かいながら、負担にならない程度に世間話をする。


「ジーブさん、強いですよね」

「そうか?」

「そうですよ。魔神を倒しちゃうくらいですから」


 フレアに言われて、ジーブは少し考えて袖をまくった。

 何をしているのか分からずに見つめるフレアに見せつけるように腕を差し出す。

 そこには、「冒険者 個人ランクS ジーブ」と魔法で刻まれている。

 これは、冒険者登録をした際に刻まれる身分証のようなものだ。


 基本的には自分が情報を確認するときにしか使わないが、イピリアでは基本的にギルドで使われている魔力照合が使えないため、ここに刻まれた情報をもとにクエストの受注を許可している。

 刻む場所は任意で、ジーブのように見えやすい場所に入れる者もいれば、胴体など見えない場所に入れる者もいる。


 それが刻まれていること自体は珍しくない。

 冒険者登録はどの国でも行えて、一度登録したら追放されない限り登録され続ける。

 驚いたのは、そのランク。


 冒険者には個人ランクとパーティーランクが存在する。

 パーティーランクは正式に登録されたパーティーに参加していなければ関係ないが、個人ランクは絶対に付けられるものだ。

 ランクは、下からF・Eと順番に上がっていき、上はA・S・RSとなっている。


 ジーブのランクはS。その上のRSはほとんど伝説の存在なので、ジーブは世界で有数の強者ということになる。

 驚いて足が止まったフレアに、ジーブは問いかける。


「どう思う?」

「なにが、ですか?」

「Sランクまで行った冒険者が、常冬の地で引きこもって魔法回路の研究してること」

「……いいんじゃないですか?」

「そうか」


 ジーブはどこか嬉しそうに言って、袖を元に戻した。

 強かった理由は納得したが、なんというかモヤモヤする。

 そのモヤモヤの理由は分からないまま、気付けば迷いの森だ。

 ジーブの先導で森を進み、リコリスに出るとアオイが勢いよく飛び出してきた。


 2人の姿を確認すると、踵を返して店内に戻っていく。

 顔を見合わせ、なんだろうかと言いながら敷地内に進むと、コガネを連れてアオイが出てきた。

 コガネは何かの入った大瓶を浮かしていて、2人の頭上にそれが移動してきて勢いよくひっくり返った。


「え?」

「うわ」


 2人の頭上からかけられた液体は、どうやらハイポーションだったようだ。

 体に残っていた細かい傷まで綺麗に治し、ハイポーションの滝は地面に吸い込まれていった。

 心なしか、地面の緑がより生き生きとし始めた気がする。


「無言でそんな大胆な使い方するか?普通」

「最上位薬師に普通を求めるな」

「お前こう言う時だけ自分の地位を堂々と使うよな」


 アオイとジーブが話している横で、フレアはウラハに抱きしめられていた。

 ハイポーションはまだ髪から滴っていて、自分も濡れてしまうだろうにしっかりと抱きしめられる。


「あの、ウラハさん、コガネさん。すみません、貰ったリング、壊しちゃいました」


 リングは、崩れ落ちる洞窟から脱出する際に魔法を使った反動で砕けてしまっていた。

 ウラハは優しく頭を撫でながら、何度も頷く。


「いいのよ、それくらい。無事でいてくれたんだから、それだけでいいの」

「職人が作ったものじゃないから、新しくするいい機会だね。役立ったようで何より」


 包み込むような優しさに触れて、フレアは目元が熱くなるのを感じた。

 それを隠したくてウラハを抱きしめ返せば、宥めるように頭を撫でられた。

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