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薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
16章・神の愛し子
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5,神の愛し子

 アオイに向けられたヤトゥールの指先を警戒しているのか、コガネはアオイを庇うように半歩前に出た。

 それを手で制して、アオイは正面からヤトゥールを見据える。


「神の力、ですか」

「うん。この世界には、確かに神がいるのだと。今でもその力は人間界に影響しているのだと。その確信が欲しいんだ。その力を、この目で見てみたいんだ」

「……そのためだけに、あれだけの人を苦しめたんですか?」

「それだけ、かぁ。そう言われるのは悲しいな。僕はそれのためにここまでやってきたのだから」


 笑みを深くしてそういったヤトゥールにアオイはそっと笑みを消した。

 そしてその固い表情のまま、ゆっくりとヤトゥールに歩み寄る。


「なぜそこまでして、神の力に固着するんです?」

「なぜ、なぜかは……もう、分からないな。忘れてしまった。でも、僕は神が確実なものだと知っていたんだ。だから貴女の関心がありそうなことを色々とやってみたんだけど……それでも、貴女は力を使ってくれなかった」


 そういって、少しだけ眉尻を下げて。

 悲し気な笑みを作ったヤトゥールは、少し距離の近くなったアオイに崇拝のような、羨望のような目線を向けてくる。


 トマリが間に割り込むようにアオイの前に出た。

 それすらも、彼には羨望の対象であるらしい。


「その、影獣も。ただの人には、絶対に近づかないし手を貸すこともないだろう?それも貴女の力の一部だ。分かってはいる、分かっているけど、それ以上の力を見たいと思った。……それは、悪いことではないよね?」

「……望み自体の善悪は知りませんよ。ひとつ確認です」

「なあに?」

「私がここで、貴方が見たいというその〈神の力〉を使わなかったら、貴方はまた同じようなことを繰り返すんですか?」

「ああ……そう、だろうね。それを見ることが、僕の存在している理由になってしまっているから」

「そうですか」


 ふっと息を吐いて、アオイはコガネと繋いでいる手に力を込めた。

 それに応じて、トマリがアオイの背後に、コガネがアオイの前に移動する。

 コガネの背に手を当てて、その肩越しにヤトゥールと目線を交わらせた。


「今後もそれを続けるというなら、その行為を、私は容認出来ない」


 そんなにも見たいのなら、望み通り見せてやろう。

 と、そんなことを言うアオイの声がコガネには聞こえた気がした。

 しかし、そんなことを考えている暇もなく背中に当てられたアオイの手から魔力がゆっくりと渡ってくる。


 アオイの魔力であるのだが、いつものそれとは少し違う力。

 天上の神、そう呼ばれる存在から与えられた力を含んだ魔力。

 それは、世界の調整に使われている力だ。


 アオイだけでは放てないそれを、コガネを通じて強化して対象に向けて打ち込む。

 言ってしまえばそれだけの行為。

 それだけのことで、ここ1年ほど人々に害をなしていた存在は消え去ってしまう。


 それが、ヤトゥールが見たがっていた神の力だ。

 末端も末端の力だが、この世に存在するどんな魔法、魔術より強力なことは確かである。

 その魔力を目の前にして、それがゆっくりと自分に向かってくるのを見て、それでもなおヤトゥールは笑っていた。


 ただ笑って、避けることもせずに。

 自分を根本から破壊するその魔力に見惚れるように。


「ああ、なんだ。あんなに悩んだのに」


 何も遮るもののないこの空間だと、その呟きも良く聞こえた。

 魔力は魔視の出来ないアオイにとって不可視であるため、ヤトゥールの楽しそうな笑みもはっきりと見えた。


「ただ、僕がいるだけで良かったのか」


 そう呟いて、ヤトゥールは自らを消滅させる魔力を受け入れた。

 一帯に目を開けていられないほどの光が広がって、それが収まるころにはヤトゥールの姿も消えていた。

 あっけないが、終わりとは案外そんなものである。


 アオイは息を吐いて、ふにゃりと笑った。

 コガネの背に当てていた手はもう一度繋ぎなおして、トマリが横に来たことも確認して。


「よーし、帰ろう!」


 疲れを誤魔化すように元気よく言って、繋いだ両手を突き上げる。

 その姿には先ほどまでの威圧感やら神秘的な雰囲気やらは残っていなかった。


「疲れた!」

「言うのかよ。言わねぇようにしてんのかと思ったわ」

「疲れたものは疲れたのだよ……お風呂入って寝たい」

「主、寝る前に食事だ」

「はーい」


 緩い会話をして、入ってきた亀裂を目指す。

 アオイには、最上位薬師という自ら名乗れる役職のほかに、人に明かしはしないお役目があった。

 本人が向いていないとうだうだ言っているそれは、「神の愛し子」というスキル名になってアオイに加護を与えている。


 ただ愛されただけでなく、神の正当な代行者、とかいうお役目であり、時折こうして世界の均衡云々に駆り出されるのだ。

 欲すれば多大な力が手に入るその称号を、アオイは笑顔で拒否した。


 故に彼女は弱いままで、有り余る能力値がすべて薬学に吸われていっている。

 弱いけど、それでも生きてるしいいじゃない、とそれがアオイの言い分であり、彼女に甘い神はそれを許している。


 こうして1つ、大きな綻びを修復すると、しばらくは神の力の出番はない。

 また、ゆったりとした薬屋の日常に戻るのである。

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