8,血をすすぐ雪の剣
夜が来た。
視界を染めていた赤は消え去り、濃い夜の色が訪れる。
それと同時に、目の前の土壁が消え去った。
「え……?」
土壁の消えたそこには洞窟の入口が現れていて、中から嫌な魔力が漂ってくる。
どういうことか分からずジーブを見上げると、彼はアオイから受け取った薬を剣の表面に塗っていた。
「ジーブさん、これ……」
「夜の間だけ開くみたいだな。……どうする?」
その問いかけは、ついてくるかどうか、ということだろう。
答えは決まっていた。
自分の都合で巻き込んだのだ。最後に自分だけ安全な所には居られない。
「行きましょう」
「分かった。離れるなよ」
洞窟の中は暗く、フレアが魔法で明かりをつけながら進んだ。
しばらく進むと、広い空間に出た。
そこには醜悪な姿をした巨大なものがいて、こちらに気付いて何かを飛ばしてくる。
何を飛ばしてきたのか考えるより先に、ジーブはフレアを背に庇ってそれを撃ち落とした。
手には剣が握られている。
魔神はその剣を見て、苛立ったように大きく吠えた。
立て続けに放った自分の攻撃を撃ち落ちしたジーブを脅威と見たようで、背に庇われて後退するフレアには目もくれない。
フレアは光の玉を作って辺りを照らしつつ、少しずつ、魔神に悟られないように魔力を練り始めた。
魔神の攻撃は単調なものだった。
ただ、速さも威力も人間とは比べ物にならない。
掠るだけで皮膚が切れ、まともに当たれば死は免れないだろう。
ジーブは魔神が放つ何かを避けながら、同時に振るわれる腕に乗った。
そのまま剣を振るえば固い筈の魔神の皮膚は紙のようにたやすく切り裂かれる。
魔神はそれに怒ったのか、先ほどより強い咆哮をした。
音に重さがあるようなその咆哮はジーブの動きを曇らせる。
魔神の動きに反応が遅れ、不味いと思った時には魔神は腕を振り下ろしていた。
動かなければ。そう思うのに、体は言うことを聞かない。
思わず目を瞑り、その直後目を閉じていても分かるほどの光があふれ出した。
爆発音とともに放たれたその光は魔神の動きを止め、ジーブに拳は当たらない。
魔神から離れつつフレアを見れば、彼女は魔神に向けてまっすぐ腕を伸ばしていた。
その指には魔力の籠った指輪がはめられている。
人間が魔法を使うには、魔道器と呼ばれる道具が必要だ。
魔道器には、いくつか種類がある。
身の丈か、それより大きな杖を「ロングステッキ」腰の高さほどの杖を「ステッキ」懐に入る短い杖を「タスク」指輪の形をしたものを「リング」
これらは大きければ大きいほど巨大な魔法を撃つのに長け、小さければ小さいほど細やかな操作が可能になる。
今フレアが身に着けているリングは、まだ実用化されてから10年も経っていない新しい魔道器の種類だ。
手を塞がず邪魔にならないが、巨大な魔法を撃とうとすると砕けてしまう。
基本的には自己防衛の結界を張るのに使われることが多く、アオイもそれ目的で着けている。
フレアは、リコリスに行くまで魔法が使えなかった。
村で魔法を扱う者はおらず、才能があることすら知らなかった。
リコリスで魔法の才能があると言われ、ウラハがデザインしてコガネがリングを作ってくれた。
それから暇があれば練習に励み、光の玉を複数浮かべることが出来るようになった。
先ほど起こした爆発は、ウラハに教えられていたが今までやったことのないものだった。
理由は、単純にどれほどの威力になるか分からないから。
爆発属性という珍しい属性を持ったフレアが、慣れていないとはいえ本気で撃てばその爆発はどれほどの規模になるか分からない。
どこか安全な所で試してみるか、本当に必要になるまでやらないか。
2択で聞かれて、後者を選んだのは単純に怖かったからだ。
今までやったことのない、魔法という技術。
それで爆発を起こせる、と言われて怖くなった。
だがそれ以上に、今ジーブの命が消えかけるのが怖かった。
ここまで試さなかった後悔と、無事に発動してジーブを守れた安心が心の中を支配する。
だが、魔神の咆哮でそれも吹き飛ばされた。
先ほどのように、ジーブの動きが止まることはない。
ジーブは気付けはフレアのすぐそばに来ていて、フレアに向かってくる攻撃を撃ち落としながら声をかけてきた。
「あんなこと出来たのか」
「初めてやりました。うまくいって良かったです」
「そうか……あと何回出来る?」
「……多分、3回くらいです」
フレアの魔道器は、リングである。
初期の魔道器ならこれで、少しずつ自分に合うものを見つければいい、と渡されたものであり、あのような爆発を何度も起こせる耐久力はない。
フレアの魔力より、リングの耐久力が先に尽きる。
もしリングが壊れれば辺りを照らしている光の玉も消滅し、自分たちは周りが見えず魔神には見えているという絶望的状況になってしまう。
リングの中央に埋め込まれた、月のような魔石が砕けたら終わり。
今の爆発を起こした反動で、リングが嫌な音を立てていた。
まだ目に見えて傷はついていないが、何となく限界は悟ることが出来る。
魔神は自分の攻撃が通らないことに苛立ったのか再度腕を振り上げており、それに合わせてジーブは魔神に接近した。
フレアから離れる直前、本当に不味いと思ったら魔神の目くらましを、と伝えて魔神に走り寄る。
魔神は近づいてきたジーブを振り払おうとして、避けられた反動で大きく揺らぐ。
そのタイミングを狙って魔神を斬りつけ、反撃をくらう前に離れる。
魔神の命が尽きるのが先か、ジーブの体力が尽きるのが先か。
少しでも気を抜いたら死がそこにいる戦闘は、月が消えるまで続いた。
下書き()にはバトルシーンなんてないよ、と書いてありました。
それを書いた自分を殴りたい衝動に駆られつつどうにか書きましたが、バトルシーンは苦手です。