8,得体の知れぬもの
地上にいたのは、得体の知れない何かだった。
トマリが横に来て、あれはなんだと聞いてくるがアオイにも分からない。
考えている間に、向こうがこちらに気付いたようだった。
徐々に近付いてくるそれに、誰よりも早く地竜が反応した。
目の前の地面を盛り上げて壁を作り、ここまで上がってきた足場を盛り上げて壁の向こうが見えるようにする。
「……コガネ?」
「探ってみるが、時間はかかるぞ」
「うん。お願い。私が聞きに行く時間はなさそうだ」
コガネが魔力を練り始めたのを横目に、アオイは自分の手に目を落とした。
あれがなんなのかは分からないが、どうにか出来るかと言われれば出来るのだ。
その力を持っていながら使わないのはアオイの我が儘である。
「……最後の手段だなぁ……」
「まだいいだろ。とりあえずケートスの方には行ってねぇみたいだしな」
「そっか、ならとりあえず安心」
ここは、街道から遠くはないが近くもない。
見える限り数えるのが億劫になる数が地面を這っているが、アオイたちの方にすべて向かってきているようである。
それなら、まだどうにかなるだろう。
これで国の方に行くのなら少しくらいの無茶をする可能性もあったが、土壁のおかげでまだ時間はありそうだ。
「トマリ」
「なんだ?」
「どのくらいいる?」
「……数えたくねぇ」
「はは……そんなに」
トマリがため息をつく数、となると若干頭が痛くなるが、問題はこれらの正体である。
弱いものが群を成しても面倒なのに、強いものが群を成したらかなり面倒だ。
コガネの解析を待ちつつ地竜に目を向けると、地竜は目を輝かせた黒ウサギが飛び出さないように抑えているところだった。
「地竜!あれは何!?なに!?」
「今正体を探っている。少し待て」
「いつまで?どのくらい待てばいい?」
「……白」
「待て、もう終わる」
「だ、そうだ」
じゃれつく黒ウサギの短い暗色の髪をわしゃわしゃと撫でて、地竜は壁の下を見る。
コガネは閉じていた目をうっすらと開けて、得体の知れないそれを眺め始めた。
「……ゾンビ、と呼ばれる類のものだ」
「ゾンビ。……蛇蝎?」
「んや、蛇蝎じゃねえな。あいつらはもっとねちっこくてさっぱりしてるぜ」
「その評価は分からない……」
蛇蝎というそれは、影獣の一種である。
闇の第2種、搦め手の類を得意とし、この世界で唯一死霊術と呼ばれるものを扱う種だ。
神のもとに在りながら、神を疎んでいたとも言われている彼らが何を考えているのかは、アオイにはよく分からない。
ただ、同じ影獣であるトマリが言うのならこれは蛇蝎の作ったゾンビではないのだろう。
そうなると、問題がある。
そもそも死霊術だのなんだのと言われる類の魔術は、人間には扱えない。
この世界では、そういうことになっているのだ。
だが、現状目の前に蛇蝎以外が作り上げたゾンビがウロウロしているわけだ。
つまり人間でないものが、人間を改造する意思を得た。もしくは
「もしくは、人間から外れた……?」
「主、どうする?」
「んー……端的に聞くと、どうにか出来る?」
「……分からん。地竜もいるから、いつもよりは戦いやすいが……この数だからな」
「そっか、ちなみにこれ、一斉に作られたものかな?」
「それも、分からん。少なくとも、1人に作られたものだ」
「そっか」
分からないものは、考えても仕方ない。
ついでにいうとここには戦闘が得意な種はいるが、思考に特化した種がいない。
故、脳筋戦法を取ったほうがやりやすい気もしてくる。
「ちなみにだけどさ、この近くに蛇蝎っているの?」
「この近くには……居なかったはずです。この大陸では、魔物の通りの中央に居座ってはいましたが」
「またすごいところにいるな……じゃあ、解体はお願いできないんだね」
かかっている術を解いてしまえば動かなくなるのが死霊術の基本だ。
だが、その会話を聞いていたコガネの表情がいまいち冴えない。
術を解ける解けないとは別のところで何か悩んでいる顔である。
「コガネ?」
「……ゾンビ、アンデットと呼ばれる類ではあるが……何か、それらとは構成が違う気がする」
「構成?」
「ああ。蛇蝎が作るそれを見て、魔力の組み方を視たことがあるんだ。それとは、違う。何か根本が……」
「……なるほど。中々厄介かな?」
コガネが違和感を覚える程度の違いなら、ほかの種では気付くことすらできないことだろう。
だが、それでもコガネの感じているのであろう違和感と悪い予感を、アオイもどこか感じ取った。
増援を呼ぶことは出来ないだろう。
これをどうにか出来るような人を呼ぶのに、時間が間に合うとは思えない。
だが、不味いことにもうすぐ日が暮れるのだ。
この手のものは、夜が活動の時間である。
今は動きがなくとも、日が暮れるとより人の居る方へ動いて行っても不思議ではない。
アオイならば、どれもこれも解決することが出来るのだ。
それをやりたくないというのはただの我が儘であり、我が儘は言っていい時と駄目な時がある。
「……まだ、時間は平気かな?」
沈んでいく日に目を細めて、アオイはそっと呟いた。