6,最下層まで
魔窟の中は、明かりなどないものだと思っていたがそうでもないらしい。
壁に均等に明かりが下がっていて、中はそれなりに明るい。
アオイは魔窟に入るのは初めてである。
なので、どうしても全てが珍しくてあたりを見渡してしまう。
トマリも陰から出てきてアオイが罠に足を突っ込まないように見張っているほどには意識散漫である。
「分かれ道だー」
「こっちだな」
「なんで分かるの?」
「魔窟の魔力は、最下層のボスや核から発せられているものだ。だから、魔力の濃い方に進めば間違いない」
「へぇ……」
だから、下るにつれて色々強力になっていくらしい。
ちなみに空気中の魔力の濃さなど、人間には測れないので魔法特化種でもないと出来ない攻略法である。
アオイはそれに気づいていないようなので、ここでまた常識との悲しいすれ違いが出来てしまった。
「ここ、何階くらいあるんだっけ」
「40とか言ってなかったか?」
「深っ」
「まあ、歩いていれば着くぞ」
「ならいいか……」
魔窟の深さは、そのまま攻略難易度だ。
ここの攻略にはかなりの時間が費やされていたらしい。
が、それはまだ魔物がいた時の話である。
分かれ道で迷わない、罠に嵌らない、体力があって身軽なので歩き続けられる、となれば攻略にかかった時間は何の基準にもならない。
「……魔窟っていうから、もっとボロボロかと思ってたよ」
「ここは、きっと魔法系の魔窟だからな」
「分かるように説明プリーズ」
「魔窟には種類があるんだ。ここは魔法系、ほかに物理と阻害と……総合系、だったか?」
「おう。基本は3種、稀に全部混ざった魔窟が現れる」
どうせ長々歩かなくてはいけないからか、トマリも加わって細やかな説明が始まった。
アオイからすると、先を進むコガネを見ていればいいのか後ろにいるトマリを見ていればいいのか分からなくなってくるので少し大変だ。
「後は、2種だけ混ざると混合型とか呼ばれてるな」
「へー。魔法と物理はさ、何となくそういう魔物が生み出されるのかなって分かるんだけど……阻害ってなに?」
「罠だ。魔物は多くないが、とにかく罠の多い魔窟がある。それを阻害って……主、前見て歩け」
「はーい」
コガネから注意されて、トマリからもそっと顔を正面に固定された。
確かに知らない場所で、しかも罠があるのに足元も前も見ていないのは不注意が過ぎるだろう。
「……で、そうだよ。もっとボロボロだと思ってたんだ」
「そういう魔窟もあるが、魔法系の魔窟は壁や床の補修能力が高くてな」
「傷をつけても治るってことです?」
「ああ。やってみるか?」
言いながら、コガネはナイフを取り出した。
愛用の、魔獣の牙から作られたナイフだ。
それを勢いよく壁に振り下ろすと、壁がそれなりに凹んだ。
凹んだが、見る見るうちに傷が消えていく。
10秒ほどで元の綺麗な壁に戻ってしまった。
「若い子の肌みたい」
「主の肌も若いと思うぞ?」
「そうかい?……これ、魔法?」
「まあ、魔法の一種だな」
「じゃあ物理系の魔窟は壊せたり?」
「しない。物理系は引くほど固いぞ」
「引くほど……」
「ああ。殴ると骨が砕けるとか」
ひいーと小さく悲鳴を上げていたら、後ろでトマリが頷いていた。
殴ったことでもあるのだろうか。
「ん?じゃあ、阻害は?」
「阻害系の魔窟の壁には触れんな」
「トマリ?」
「触れんな……」
「……大体、罠だからな」
「わお」
トマリは一体なぜそんなに遠い目をしているのだろうか。
何かやったことがあるのだろうか。
珍しくトマリが遠い目をしているのにコガネが何も言わないのは、知っているのか察しているのか。
あいにくアオイには分からなかったので、とりあえず先に進むことにした。
寄り道をしないで、進む方向が分かっていて魔窟を進むのはなかなかに退屈だ。
何せ歩くしかやることがない。
無駄話をしつつ歩き続けて、どのくらい下ったのか分からなくなって来たころにトマリが陰の中に入った。
歩くのが面倒になってきたようだ。
それでも歩いて、歩いて歩いて下って下って、気付けばかなり下まで来ていたようだ。
コガネが速度を上げたので小走りでついていくと、階段の先に巨大な扉があった。
「お?ついた?」
「みたいだな……流石に遠い」
「ねー。そろそろ声が枯れそうだったよ」
言いながら扉を潜り、辺りを見渡す。
広々とした広間の、一角が崩れていた。
そこから洞窟に繋がっているようだ。
「……ここは、直らないんだね?」
「何故だろうな、こうなっているのは初めて見た」
コガネが珍しそうに壁に触れるのを見ながら、アオイは洞窟の方に進む。
すぐにコガネが付いてきて、魔窟と違って明かりのない洞窟内を照らしてくれた。
その明かりを頼りに奥に進んでいくと、何か威圧感のようなものが発せられてくる。
それでも進むと、奥から何かが現れた。
高い背に、片目を隠す髪。鋭い三白眼がアオイを見て、コガネを見て、アオイの陰の中にいるトマリを見た。
アオイが笑いかけると、その人は胸に手を当てて、ゆっくりとアオイに一礼した。