4,許可
ケートスのギルドは、船着き場のついた陸地だった。
流石にギルドまで船というわけには行かないようだ。
それなら面白かったのに、などと無責任なことを考えつつまだ人の少ない建物に入る。
アオイは冒険者登録をしていない。
ついでに言うと、トマリもコガネも行っていない。
なので基本的にギルドには用がなく、縁もない。
立ち入り制限がかかっているところへの立ち入り許可など、どこでもらえばいいのかよく分からない。
分からないので、コガネに適当に声をかける人を決めてもらった。
野生の勘で偉い人を探し当ててもらう作戦である。
「じゃあ、あの人で」
「おっけーい。チキンハート頑張るぞぉー」
周りに聞こえないように小声でくだらないことを呟いて、アオイはコガネが示した人に近づいた。
そして、そっと声をかける。
何から言うかは、作戦会議済みである。
「おはようございます」
「ん?おはようございます。どうされましたか?」
「立ち入り制限のかかっている魔窟への立ち入り許可は、どこで貰えますか?」
「……はぁ。あなた方、冒険者ですか?」
「いいえ。薬師です」
にっこりと笑ってフードを上げ、手に持っていた薬師免許を見せる。
途端、明らかに飽き飽きとしていたギルド職員の顔色が変わった。
どう変わったかというと、青くなった。
それもそうだ。また面倒ごとが来たと思って、適当に追い返そうとしていたら相手が最上位薬師とかいうある種の権力者だったのだから。
正直申し訳ないが、衝撃が大きいほうがやりやすかろうとお供ズが言ったのだから仕方ない。
「しょ、少々お待ちを!」
「はい」
慌てて奥に走って行った背中を見送って、アオイはフードの下で息を吐いた。
そのまま近くの壁に寄って遠い目をする。
「これでよかったかな?ちゃんと最上位薬師かな?」
「大丈夫だ主。ちゃんと想像通りの最上位薬師だった」
妙な会話だが、アオイの最上位薬師として見せている顔と素が違いすぎるので仕方ない。
薬関連なら意識しないでもちゃんと最上位薬師なのだが、それ以外だとどうしても緩みがちである。
待っていろと言われたので、コガネと小声で会話しながらのんびりと人が来るのを待つ。
まさかここで放置はされないだろうから、ゆっくり待っていていいだろう。
なんてのんびり考えていたのだが、先ほど声をかけた人物は思ったよりも早く戻ってきた。
「お待たせしました!ギルド長がお話をしたいと……」
「分かりました。ありがとうございます」
「いえ、では、こちらへ」
やたらと緊張しているようだが、アオイは特別気にしない。
最上位薬師の級を取ったのはそれなりに前である。
これまでもその名前を使うことはあったので、こういった態度にも慣れてしまった。
後から慣れてしまった自分に苦笑いしたりもするが、まあ今は慣れた顔をしてついていくのみである。
コガネは当然アオイの後ろを歩いているのだが、トマリの姿が見えない。
おそらくはアオイの陰にでも入っているのだろう。
呼べば出てくるのだろうが、立ち入り許可を貰うのにトマリを呼ぶ必要はあるだろうか。
これから何を言われるのかも分からないのでどうとも言えないが、とりあえずは呼ばない方向で考えておくことにした。
「ギルド長、お連れしました!」
「う、うむ……」
通されたのは、応接間のようだった。
ギルド長の部屋ではないようだ。
すぐそこが庭になっているようなので、このまま実力テストも出来るのだろうか。
「初めまして。最上位薬師、アオイ・キャラウェイと申します」
「は、初めまして。ケートスギルド長、サヴァル・カトスです」
ギルド長の見た目は初老の紳士だった。
トマリが耳元で、周りには聞こえないようにそっと元は冒険者でそれなりに有名だった、と教えてくれた。
「最上位薬師殿は、例の魔窟に行きたいと」
「はい。調べたいことがありまして」
「制圧されたとは言っても、深い魔窟です。罠なども多い。……魔窟攻略の経験は、おありですか?」
「いいえ。正直に言いましょう。私はとても弱いです」
「は、はぁ」
「たぶん駆け出しの冒険者より弱いです」
言いながら、アオイはふと我に返ってしまった。
なぜ私はここで自分のネガティブキャンペーンを行っているのだろうか。
我に返ってはみたが、やることは変わらないので悲しいが続けるしかない。
「なので、出来るかどうかは私ではなくこの子たち次第ですね」
いい笑顔でコガネを見上げると、コガネは若干のドヤ顔でギルド長に向き合った。
ここまで案内してくれたギルド職員が「たち?」と呟いているが、トマリを呼ぶにはまだ早いだろう。
「罠は基本魔力動作だろう?」
「そうですね、あの魔窟で検知されたのは、全て魔力稼働でした」
「なら分かる。魔力操作なら、人間より得意だ」
「そう、ですか」
ドヤドヤしながら言っているコガネだが、罠系は避けるより発動させて落としたほうが早いと言っているのをアオイは知っている。
が、あえて何も言うまい。ここで言ってもどうにもならないことだ。
「……では、実力を測らせていただいても?」
「はい。コガネ」
「ああ。……呼ばなくていいぞ」
「分かった」
トマリは出なくていいと察したのか、アオイの影を微かに揺らして退散した。
どこで見ているつもりなのだろうか。