8,天の姫
ヤタから門までの道は、行きと同じ少女が送り届けてくれた。
礼を言って手を振ると、深く頭を下げられる。
その姿を見ながら門が閉まっていくのを確認して、完全に閉まったところで向きを変えて歩き始めた。
「……主」
「なあに?」
「大丈夫か?」
「うん。とりあえず、悶々と悩むのは終わりかな」
「そうか」
話しながら歩いて、少し進んだところでアオイが急に足を止めた。
何かに気付いたような、驚いたような表情を浮かべて固まったアオイは、目の前で手を振っても全く反応しない。
「主?主どうした?」
「……め……」
「え?」
「お米貰うの忘れてたー!」
急に大きな声を出して空を見上げて再び固まったアオイは、再び応答がなくなった。
どうしたらいいだろうかとコガネが慌てていると、足元の影からトマリが現れた。
「おい、トマリこれどうする」
「……はあ」
「ため息吐くな!このままじゃ戻るとかいうぞ!主は絶対言うぞ!」
「だろうな」
コガネが本気で焦っているのにアオイが何も言わないのは、買い損ねた米に思いを馳せているからだろう。
トマリはもう一度ため息を吐いて、闇の中から何かを引き上げた。
「おい」
「お米……」
「あるぞ」
「え!?」
トマリが持ち出したのは、いわゆる米俵。
面倒くさそうにその上に肘をついて、呆れを含んだ目をアオイに向けていた。
「い、いつの間に!」
「朝。お前が寝てる間に」
「流石トマリ有能!大好き!」
「おう。さっさと帰るぞ」
アオイが抱き着いても動じずに米俵を闇の中に落として、そのまま自身も闇に入って行った。
コガネは安心と嫉妬が入り混じる微妙な表情をしていたが、アオイが歩き出したのでその後ろをついて行く。
「……あれ?レグホーンに行くんだよね?」
「ああ。レグホーンまで行って、馬を借りて今日の内にペルーダに入る」
「分かった。じゃあ、急いだほうがいいね」
言うなり速足になったアオイにフードを被せながら、コガネはそっと魔力を放った。
進行方向に何か居ないかの確認をして、楽し気に進むアオイに目を戻す。
「どうしたの?」
「いや……楽しそうだな」
「まあ、こんな平原を徒歩で行くことはあんまりないからね」
アオイは引きこもっているくせに、意外と運動は好きなようだ。
そもそも足は速いし体力もあるので、好きなのだと言われれば納得ではあるのだが。
レグホーンで昼食を買って、馬の上でそれらを食べながら駆けた結果、無事日暮れ前にペルーダに到着した。
急いで宿を確保して、その日は探索もせずに眠りについた。
翌朝、アオイはコガネに起こされて眠い目を擦りながら身体を起こした。
着替えを渡されたのでそれに着替え、その後宿を出て街を探索する。
第7大陸は他との交流がほとんどないので、土産物を探すのには適していないのだ。
何か探すなら、ペルーダの方が向いている。
なのでセルリアへのお土産を探しながら朝食を買い、色々食べて気に入ったものは味を出来るだけ覚えていてモエギに作ってもらうことにする。
「何がいいかな?」
「落下防止とかがいいんじゃないか?」
「あー。風系の魔道具だよね?」
「そうだな」
いろいろと話しながら食事を済ませて土産物の店を見回って、結局魔道具ではなく腰に付けられる小さめのカバンに目を付けた。
そのうちセルリアもどこか行くかもしれないし、一つくらいこういうものがあってもいいだろうという話になったのだ。
それだけだと寂しいからと飾りを探してうろついていると、トマリが建物の影から現れた。
どうしたのかと思ったら、骨董品の飾りを扱っている出店を見つけたらしい。
アオイもコガネもセルリアに甘いが、実はトマリもそれなりに甘いようだ。
どれがいいだろうか、とトマリも巻き込んで相談していると、店主が相談に乗ってくれた。
カバンを見せて、幼いが趣味は年より大人っぽい妹に送るのだと若干過剰気味に説明すると、それならこれはどうだといくつかの止め金具と装飾の入った袋を見せられた。
つまりは、カバンの外に付けて容量を上げられるのだろう。
袋は別で用意してもいいが、淡い紫の刺繍はセルリアが好みそうである。
留め具の色はカバンに合わせて、袋も買って出店を離れた。
「いい買い物だったね」
「そうだな。じゃあ、そろそろ」
「そうだね、帰ろうか」
帰ったらセルリアが飛んでいるかもしれない、とそんな話をしながら馬を借りるため広場に向かう。
コガネが馬を借りに行く間、アオイは広場で待機だ。
そう時間はかからないし、何か起こることなどほとんどないので気を抜いていたら、何か声が聞こえてきた。
目を向けると、目を布で覆った若い女性がアオイに近付いてきている。
後ろにはその人の従者らしき人もいて、その人は突然の事に驚いているのか固まっていた。
「……巫女?」
「だろうな」
トマリが声だけで答えてくれたので、アオイは彼女が自分に近付いてきている理由を悟った。
トマリにはコガネへの説明を任せて、アオイは女性に歩み寄った。
アオイが伸ばされたその手を取ったのと同時に、女性はその場に座り込んでしまう。
「何故この国に……何か、何か起こるのですか?私は、どうしたら……?」
「何も起こりはしませんよ。私がここに居るのは、天上の主とは関係がありません。ただ、私が世界を見回っているだけです」
「そうなのですか?何も、何も異常はないのですか?」
「ええ。何もありません。これまで通り、日々をお過ごしなさい」
「分かり、ました……ああ、お会いできるなんて……」
「ただ、私とここで合ったこと、他には言ってはいけませんよ。不安がらせることはないのです」
「はい、はい。言わず、日々を平穏に……」
アオイが目を上げると、女性の従者とコガネが何か話していた。
手招きすると、女性の従者も近づいてくる。
彼女を預けて、アオイはコガネが借りてきた馬に引き上げられた。
そのまま数言話してペルーダを出てリコリスを目指す。
トマリは先に行ったようだ。
「……あれは?」
「ああ、私じゃなくて、天上の魔力を視たみたい。ペルーダの巫女は優秀なんだね」
「そうか」
巫女とは、神の声を聞くことの出来る者だ。
夢の中で神から言葉を授かり、それを周りに知らせる者。
多くの者は、その夢見と引き換えに何かを失っている。
彼女は目が見えないようだった。
見えない故に、アオイの魔力の本質に気が付いたのだろう。
ここが書きたかったため、13章は遠征でした。
これをやる前なら第7大陸に行けるのでは!?と思い立ったのです。