7,姫長
家の中は、岩が少しせり出しているが快適な空間である。
少し進むと壁があり、そこを回り込むと窓辺に第7大陸の女王が腰を下ろしていた。
「お久しぶりです、姫長」
「久しいの、天の姫」
女王というにはあまりに若い姿で、少女というには雰囲気が成熟しすぎている。
他者とは圧倒的に何かが違うと、そこに居るだけで認識させてしまう存在が第7大陸の女王である。
その姿から、姫長と呼ぶ者が多い。大長、とも呼ばれるそうだが、その呼び名はこの可憐な姿には合わないだろう。
「変わりないようで何よりぞ」
「姫長も相変わらず可愛らしいですね」
「ふふ……まあ、姿は何百年経とうと変わらぬからなぁ」
この姿のまま、一体どのくらいの時間を過ごしたのだろうか。
それを聞いていいのかいけないのか、アオイには判断がつかなかった。
「……長は、不死なのですか?」
「いや?不老ではあるがな」
アオイの唐突な問いに、長は当然のように答えた。
そして、そっとアオイを手招きする。
横に座り直すと、長はアオイの髪を弄りながら顔を覗き込んできた。
「何に悩んでおるのだ?」
「不死を殺すことは出来ますか?」
「死な不で不死ぞ?」
「分かってるんですがね……」
それでも、聞かずにはいられないのだ。
姫長ならば何か回答を持っているのではないか、とそんなことを思っていたのが分かるのか、長はアオイの髪を撫でながら窓の外を見た。
「何を殺したいのだ?」
「死にたいと泣く人が居るんです。その人の痛みを、自分の物にしてしまう人が居るんです」
ウラハと話して以来口には出していなかったその話を、コガネとトマリが聞いているのに素直に口に出したのは、きっとここが長の空間だからだ。
いつもと違う空間が、少しだけ口を緩くした。
「……不死は、死なぬよ。そういう呪いぞ」
「そう、ですか……」
「だがまあ、不死殺しの性が存在するのも事実故な」
「……結局、どっちなんですか?」
膝を抱えて長を見ると、長は緩く笑った。
そして、アオイの髪から手を放す。
「正解など無いのだよ、天の姫。世の中そう上手くは行かんのだ。解明されない謎も、解決しない問題もある。それらを全て合わせて人の世ぞ。故、無理に理解しなくてもいいのだ。分からぬというそれも、一つの回答ぞ」
長の言葉は、難しい。
アオイは頭を抱えて、長に恨めしい目を向けた。
「難しいですよ」
「仕方なかろう」
「……私に、どうにか出来ますかね?」
「今、お主が無理をしても掴めぬものはあろうて。……ああ、無理を「言えば」別だがな?」
「それは、嫌です」
子供の様に我が儘を言うと、長は心底楽しそうに笑った。
そして、深い青の目を細めて口元を手で覆う。
「お主が好かれるのは、それであろうな」
「何がですか?」
「望む者はいくらでもいるであろう力を持って、それを放棄することも多用することもない。それは美点だが弱点にも成りゆる故な。……そこな狐と狼は、よくお主を守っておるよ」
「それは、まあ、知ってます……」
守られている自覚はあるのだ。
というか、守られていないと生きていけない自覚もあるのだ。
なので長にはその子供を見る目をやめてほしい。
「素直に認められるのも美点だの……お主ら、も少し何か強請ってもいいのではないか?」
「……強請るものなんてねえからな」
「無欲よのぉ……狐はどうなのだ?」
「主の!お供は!俺だからな!」
「愛いの」
「でしょう。うちの子可愛いんですよ」
他に年長者が居ると急に幼くなるコガネを愛でながら、アオイはトマリを見た。
本当に、食事のリクエストくらいしか何か強請られたことがないのだ。
トマリが言うには欲のない種族なのだそうだが、それでも何かあるのではないだろうか。
そう思ってじっと見ていると目を逸らされてしまった。
ついでに、何故かコガネが割り込んできた。
「なんだか急に童心に返ったね?」
「長の間だからな」
「なるほど納得」
「何も特殊な場所ではなかろうて」
言いながら、長は窓の近くに居る鳥に手を伸ばしていた。
姫長はここから出られないらしい。
故に、鳥から外の事を教えてもらうのだと言っていた。
その鳥の中に翼の人が数えられているようだが、本人はまんざらでもないようだ。
一番不自由な人の所に、一番自由なのが行くのだから何もおかしくはないだろう、みたいなことを言っていた。
「お主の欲しい答えは得られたかの?」
「欲しい言葉を貰うだけなら、別の所に行きますよ」
「それが賢明ぞ。わらわは、欲しい言葉をやれんでな」
「でも、道は少し明るくなりましたよ」
「それなら良い。愛い乙女が迷うのはわらわの望むところではない」
手に止まった鳥を外に出しながら、姫長は言った。
そして、平手を叩く。
するとすぐに翼の人が窓から中に入ってきた。
「呼んだか?長」
「うむ。ヤタまで送ってやるといい。時間は有り余ってはおらんからな」
「あい分かった」
「もうそんな時間ですか……カラスの長には会えなかったですね」
「サトリなら、此度の事は知っておろうて。知っていて何も言って来んのだから、あれは答えを持っておらんよ」
翼の人はそう言って楽し気に笑った。
そして、アオイを抱えて窓から外に出る。
姫長は平然と手を振って来るが、振り返すのがやっとである。
今日は時間があるからそう速度は出さない、と言われたが、アオイはそれでも悲鳴を上げながら移動することになるのだった。