表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬屋・リコリス  作者: 瓶覗
14章・天の姫
153/190

7,姫長

 家の中は、岩が少しせり出しているが快適な空間である。

 少し進むと壁があり、そこを回り込むと窓辺に第7大陸の女王が腰を下ろしていた。


「お久しぶりです、姫長」

「久しいの、天の姫」


 女王というにはあまりに若い姿で、少女というには雰囲気が成熟しすぎている。

 他者とは圧倒的に何かが違うと、そこに居るだけで認識させてしまう存在が第7大陸の女王である。

 その姿から、姫長と呼ぶ者が多い。大長、とも呼ばれるそうだが、その呼び名はこの可憐な姿には合わないだろう。


「変わりないようで何よりぞ」

「姫長も相変わらず可愛らしいですね」

「ふふ……まあ、姿は何百年経とうと変わらぬからなぁ」


 この姿のまま、一体どのくらいの時間を過ごしたのだろうか。

 それを聞いていいのかいけないのか、アオイには判断がつかなかった。


「……長は、不死なのですか?」

「いや?不老ではあるがな」


 アオイの唐突な問いに、長は当然のように答えた。

 そして、そっとアオイを手招きする。

 横に座り直すと、長はアオイの髪を弄りながら顔を覗き込んできた。


「何に悩んでおるのだ?」

「不死を殺すことは出来ますか?」

「死なで不死ぞ?」

「分かってるんですがね……」


 それでも、聞かずにはいられないのだ。

 姫長ならば何か回答を持っているのではないか、とそんなことを思っていたのが分かるのか、長はアオイの髪を撫でながら窓の外を見た。


「何を殺したいのだ?」

「死にたいと泣く人が居るんです。その人の痛みを、自分の物にしてしまう人が居るんです」


 ウラハと話して以来口には出していなかったその話を、コガネとトマリが聞いているのに素直に口に出したのは、きっとここが長の空間だからだ。

 いつもと違う空間が、少しだけ口を緩くした。


「……不死は、死なぬよ。そういう呪いぞ」

「そう、ですか……」

「だがまあ、不死殺しの性が存在するのも事実故な」

「……結局、どっちなんですか?」


 膝を抱えて長を見ると、長は緩く笑った。

 そして、アオイの髪から手を放す。


「正解など無いのだよ、天の姫。世の中そう上手くは行かんのだ。解明されない謎も、解決しない問題もある。それらを全て合わせて人の世ぞ。故、無理に理解しなくてもいいのだ。分からぬというそれも、一つの回答ぞ」


 長の言葉は、難しい。

 アオイは頭を抱えて、長に恨めしい目を向けた。


「難しいですよ」

「仕方なかろう」

「……私に、どうにか出来ますかね?」

「今、お主が無理をしても掴めぬものはあろうて。……ああ、無理を「言えば」別だがな?」

「それは、嫌です」


 子供の様に我が儘を言うと、長は心底楽しそうに笑った。

 そして、深い青の目を細めて口元を手で覆う。


「お主が好かれるのは、それであろうな」

「何がですか?」

「望む者はいくらでもいるであろう力を持って、それを放棄することも多用することもない。それは美点だが弱点にも成りゆる故な。……そこな狐と狼は、よくお主を守っておるよ」

「それは、まあ、知ってます……」


 守られている自覚はあるのだ。

 というか、守られていないと生きていけない自覚もあるのだ。

 なので長にはその子供を見る目をやめてほしい。


「素直に認められるのも美点だの……お主ら、も少し何か強請ってもいいのではないか?」

「……強請るものなんてねえからな」

「無欲よのぉ……狐はどうなのだ?」

「主の!お供は!俺だからな!」

「愛いの」

「でしょう。うちの子可愛いんですよ」


 他に年長者が居ると急に幼くなるコガネを愛でながら、アオイはトマリを見た。

 本当に、食事のリクエストくらいしか何か強請られたことがないのだ。

 トマリが言うには欲のない種族なのだそうだが、それでも何かあるのではないだろうか。


 そう思ってじっと見ていると目を逸らされてしまった。

 ついでに、何故かコガネが割り込んできた。


「なんだか急に童心に返ったね?」

「長の間だからな」

「なるほど納得」

「何も特殊な場所ではなかろうて」


 言いながら、長は窓の近くに居る鳥に手を伸ばしていた。

 姫長はここから出られないらしい。

 故に、鳥から外の事を教えてもらうのだと言っていた。


 その鳥の中に翼の人が数えられているようだが、本人はまんざらでもないようだ。

 一番不自由な人の所に、一番自由なのが行くのだから何もおかしくはないだろう、みたいなことを言っていた。


「お主の欲しい答えは得られたかの?」

「欲しい言葉を貰うだけなら、別の所に行きますよ」

「それが賢明ぞ。わらわは、欲しい言葉をやれんでな」

「でも、道は少し明るくなりましたよ」

「それなら良い。愛い乙女が迷うのはわらわの望むところではない」


 手に止まった鳥を外に出しながら、姫長は言った。

 そして、平手を叩く。

 するとすぐに翼の人が窓から中に入ってきた。


「呼んだか?長」

「うむ。ヤタまで送ってやるといい。時間は有り余ってはおらんからな」

「あい分かった」

「もうそんな時間ですか……カラスの長には会えなかったですね」

「サトリなら、此度の事は知っておろうて。知っていて何も言って来んのだから、あれは答えを持っておらんよ」


 翼の人はそう言って楽し気に笑った。

 そして、アオイを抱えて窓から外に出る。

 姫長は平然と手を振って来るが、振り返すのがやっとである。


 今日は時間があるからそう速度は出さない、と言われたが、アオイはそれでも悲鳴を上げながら移動することになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ