5,ヤタノ長
無言で頭を下げた少女に向かって、アオイたちも頭を下げる。
衣擦れの音がしたので頭を上げると、少女は大陸の内部に向けて歩き始めていた。
その後ろをついて行きながら、アオイはそっとコガネの服の裾を掴んだ。
第7大陸には、他の大陸にはない文化、魔法、そして、他とは全く違う魔物が居る。
正確には呼び名も分類も違うのだが、言っても仕方ないので一緒くたにしてしまおう。
無言で進む少女の後ろをついて行き、時折少女が振り返るので大丈夫だと声をかけて。
そうしてしばらく進むと、眼下に村が見えてきた。
ずっと上り坂だったが、ここからは下りのようだ。
「ここは、大村でしたっけ」
少女に聞くと、少女は小さく頷いた。
コガネを振り向くと、ヤタだろう。と村の名前を教えてくれる。
もう日暮れが近い。今日はここで泊まることになりそうだ。
宿の一室を借りて少女にお礼を言って、その足で長に会いに行くことにした。
今回の目的でもあるし、ここに泊るなら一声あった方がいいだろう。
トマリは村に入ってからはアオイの影に入らず、姿を現したままアオイの後ろをついて来ていた。
コガネも当然のようについてくるので、3人揃って会う許可を貰いにいくことになった。
第7大陸には都市の他、2つの大村にそれぞれ長と呼ばれる者が居るのだ。
彼らは人なのか、亜人なのか、それとももっと別の種族なのか、本人すら分かっていないらしい曖昧な種族であり、非常に強力な力を持っていた。
もしや不死を殺したことくらいあるのでないだろうか。
アオイの悩みを一蹴して笑ってくれるのではないだろうか。
そんなことを思わせてくれる者たちなのだ。
「長からは許しが出ています。どうぞ」
「ありがとうございます」
他より少し高い建物が長の居る場所だ。
長い階段を上って、長の座する部屋に入る。
その人は、盃をもって窓辺に腰かけていた。
「おお、来たか」
「お久しぶりです、ヤタノ長」
「そう畏まるな、天の姫。ほれ、近う寄れ」
頭に2本の角を持ったその人は、アオイを手招きして盃をあおった。
素直に横に腰を下ろすと、コガネが幾分か警戒を含んだまま付いて来る。
コガネは……というより、アオイの契約獣たちは長たちが苦手なようだ。
確かにどこか不確かで、その気になればこちらを害することに何のためらいも持たないのだろうが。
それでもアオイは、この大陸の長たちを好いていたし頼っていた。
長本人から頼り過ぎるな、と言われてしまったので、そう頻度よく頼れないのが悲しいところだ。
「して、どうしたのだ」
「行き詰りました!」
「端的よのう……のぉ、狐の」
「……そうだな」
「コガネ!?」
なんだか裏切られた気がして、コガネを振り返ると目を逸らされた。
滅多にない、コガネが目を合わせてくれない案件である。
「なに、非難ではない。どちらかと言えば褒めているのだ」
「でも褒める3割呆れる7割でしょう?」
「よく分かっているではないか」
クツクツと笑って、ヤタノ長は盃をあおる。
先ほどから結構なペースで飲んでいるが、中身は無くならないのだろうか。
何かそういう特殊なものなのかもしれない。
「そも、何に行き詰ったのだ」
「あれ?知ってるものかと……」
「我はサトリではない。お主の来訪も、来てから知った」
「あら……それは説明不足ですみません」
反省して改めて話し始めようかと思ったら、急に部屋が暗くなった。
そもそも明かりは月明かりだけだったが、それでも十分明るかったのだが。
何かと思って窓を見ると、開け放たれたそこから人が入ってきた。
否、人ではなかったかもしれない。
その人の背には、巨大な翼が生えていた。
真っ黒なそれを揺らして、窓から入ってきたその人は笑った。
「ああ、なるほどお前か」
アオイを見てそう言って笑って、その人は窓に腰かける。
ヤタノ長は驚いた様子もなく、ただ早いとだけ文句を言った。
「や、すまんな朱鬼。長が会いたがっておる」
「言うと思ったわ。全く……まあ良い」
しっしっ、と手を振ってヤタノ長は盃をあおる。
その中身は先ほど空になっていたような気がするのだが、今見ると中には液体が揺らめいていた。
「そんなわけだ、天の姫。今から都に向かおうぞ」
「え、今からですか!?」
「応。なにせ長が呼んでいる」
「どうやって!?」
「我が居るだろう。そのために来たのだ」
「わお……空の旅……じゃ、なくてですね。3人居るんですよ今回」
「狐のはキツネになればいいだろう。それは影に入る。ほれ、運べるぞ」
「何でそう運ぶ方に積極的なんですか……!」
「その方が、面白そうだ」
長たちの考えは分からない。
正確にはこの翼の人は長ではないのだが、まあ長と同格なので長の扱いでいいだろう。
「ひと時の夜旅だ。ほれ、おじいの戯れに付き合ってくれ」
「そういえば貴方は男性でしたね……?」
「いや?おなごにも成れる」
「そうでしたね……貴方たちに性別はなかったんでしたね……」
「そこな狐も出来る事だろう」
「そうでした……」
アオイが諦めたのが分かったのか、翼の人は嬉しそうに手を差し出してきた。
苦笑いしてその手を取って、キツネの姿を取ったコガネを肩に乗せて、アオイは悲鳴を上げつつ夜空を進むことになった。