4,入国
チュン、なんて鳴き声が聞こえてきた。
モエギかと思ったが、今回モエギは連れてきていなかったはずだ。
ゆっくりと目を開いて声のした方をみると、魔力を持っていない小鳥が止まっていた。
ただの小鳥が窓に止まっているだけなのに、誰かからの連絡だろうかと考えてしまう自分に苦笑いする。
鳥を使って手紙を寄こす知り合いは意外と多いのだ。
「おはよう、主」
「おはようコガネ。今何時?」
「8時になるところだ。起こそうと思ってた」
「そっかー……このまま出る?」
「ああ」
「分かった」
着替えを差し出されて受け取ると、コガネは部屋を出ていった。
別に気にしなくていい、と過去に言ったことがあるのだが、本気で怒られたのでもう言わないと心に決めている。
怒られた理由は未だによく分からないが、まあコガネもそういうお年頃なのだろうと思うことにした。
着替えを終えてコガネの元に行くと、コガネは荷物を整理しているところだった。
手を差し出されたので寝間着を渡して、部屋の影に声をかける。
「おはよう、トマリ」
「おう」
影から出てきたトマリに笑いかけ、アオイはトマリの顔を窺った。
眠たげに目を細めているが、それ以外はいつも通りである。
「ずっと居る?」
「そのつもりだ。言われたら出る」
「そっか、了解」
第7大陸には、特別気配に敏感な者たちが居るのだ。
普通は気付かれないトマリの存在に気付くことの出来る彼らは、隠れられることを好まない。
そうなったら素直に出てくるらしいので、アオイからトマリにこれ以上言うことはない。
再び影の中に引っ込んだトマリを見送って、アオイは自分の荷物を持ち上げた。
ここから第7大陸までは徒歩である。
そう遠くはないし、第7大陸の中は馬での移動に向かない。
なので、ちょっとしたお散歩だ。
歩いたとしても日が落ちる前にはたどり着けるはずである。
そもそもコガネが日程を決めたのだ、野宿が必要な日程にはしていないだろう。
「主」
「うん?」
「串焼きがある」
「買います」
「分かった」
朝食は、歩きながら市場で買い食いをする。
旅をしていた時から、この時間はアオイのお気に入りだ。
大陸に寄って、国に寄って違う市場は見ていてとても面白い。
朝食を食べ歩くのも、国の個性を知るいい機会である。
……と言いつつ。本当はただ食べ歩きが好きなだけなのだが。
まあ、それでも国を見ていることに変わりはない。
コガネも何も言わないから、正直どっちでもいいのである。
そんな事より今は串焼きの屋台が重要だ。
一体何の肉なのか、味付けは何なのか。それを知らなければいけない。
「主、鳥だ、鳥がある」
「買いだ。もうこの際10本くらい買っていこう」
コガネの嬉々とした報告に目を輝かせて、アオイは屋台に駆け寄った。
この世界の鳥は魔力を溜めこみやすいらしく、美味しく食べられる鳥があまりいないのだ。
焼き鳥が好きなアオイからすると、屋台で焼き鳥を見かけたら絶対に買わなければいけないのである。
財布はコガネが持っているので、会計が済むのを横でそわそわと待ちながらトマリの気配を探る。
気付かれたのか、自分の影から一瞬強い魔力が放たれた。
焼き鳥は要らないらしい。
「主、流石にこれだけは駄目だぞ」
「分かってるよ。あっちにパン売ってた」
「よし。それを買ったら出発するか」
野宿はしないと言っても、時間に余裕がある訳ではない。
食事は、多少行儀は悪いが歩きながらである。
人が多いと危ないから、と串焼きはお預けにされて、代わりにパンを持たされてレグホーンを出る。
周りに人が見えなくなってからアオイはフードを取り、串焼きを渡されてご満悦だ。
咀嚼しながら草原を歩き、時折上を通る鳥なんかを見上げる。
徒歩での移動は久々だ。周りが過保護なアオイは基本馬か馬車で移動するのだ。
アオイとしては徒歩も好きなので、こうして歩くのは楽しかったりもする。
コガネも風に吹かれて心地が良さそうだ。
日ごろから光合成だと言って日向で寝ているので、森に閉じこもっているのがたまに申し訳なくなる。
「トマリー」
「何だ」
「日が気持ちいいよ?」
「俺に言うのか、それ……」
流石に影の種族はその限りではなかったようだ。
一言謝って視線を前に戻す。
まだ、第7大陸は遠い。
日暮れより早く、昼と言うには少し遅い時間。
アオイたちは閉ざされた門の前に居た。
閉じているのはここでしか見ることの出来ない、大陸間の関所である。
閉じているその門の前で、アオイは緩く笑ってコガネの背に手を当てた。
コガネも分かっていたようで、掌を門に向ける。
アオイの魔力がコガネを通って強く補強されて、閉じた門に向かっていった。
魔力を可視化できない状態だと何をしているのか分からないが、これがこの門の解放方法である。
許可を持った者の魔力が門の内側に到達すると、内側に居る者が関所を開けてくれるのだ。
いつでもそこにいるわけではないが、来客のある時は誰かがそこで待っている。
きっと、この大陸の長が何か指示を出しているのだろう。
そんなことを考えている間に、門がゆっくりと開き始めた。
内側には濃灰色の長い髪を後ろに流した少女が立っていて、アオイたちを見ると静かに頭を下げた。
第7大陸、エキナセアの頃から時折話題に出すお気に入りの場所なのですが、作中来るのはこれが初めてです。
ついでに言うとリコリスでは最後になる気がしています。悲しい。