3,大陸を越えて
朝。コガネに布団を剥がされた。
いつもの事なのだが、辛いからもう少し穏やかな起こし方をして欲しい。
それで起きなかったのは私で、これまでの付き合いの結果なのだから仕方ないのだが。ないのだが。
「おはよ……」
「おはよう。早く準備してね」
「うん……」
返事は素直にして、二度寝はしないでベッドを降りる。
用意しておいた服に着替えて荷物を抱えて部屋を出るとコガネが待っていた。
「……寝てないよ」
「良かった」
予定はきっちり決まっているので、二度寝していないか警戒されていたらしい。
そうさせてしまうのはアオイなのだが、どうしても若干悲しくなってしまう。
ここでも甘やかされていたら本当に駄目人間になるので、甘やかされなくて良かったとも思っているのだが。
「ご飯出来てるよ」
「お昼はお弁当だよね?」
「うん。夜と明日の朝はレグホーンで」
「分かった。馬も、居る?」
「うん。借りてきてあるよ」
準備はもう整っているようだ。
今回の遠征にはコガネのみを連れていく。
とはいっても、トマリは付いて来るのだろう。
今回小鳥組は留守番である。
遠征はそう長くはならないと思うが、何かあった時にリコリスに居て貰わないといけない。
以前なら最上位ドラゴンの加護があるから、と全く人が居ない状態にすることもあったのだが、今はセルリアが居るのでそうもいっていられない。
セルリアはこのところ飛行魔法が一気に上達している。
コガネ曰く、もうすぐ飛べるようになるのではないか、と言う事だった。
アオイは自力での飛行が出来ないので、それをやっているところを見れる日を楽しみにしている。
コガネなら言えばやってくれるのだろうが、コガネの魔法は規格外なのであまり感動がないのだ。
見慣れているせい、というのもある。
「おはよう、マスター」
「おはようウラハ」
「朝食は出来てるわ。食べてる間に、髪を結ってもいいかしら」
「うん。お願い」
普段は全員で食べる朝食だが、今日は各自で済ませることになっている。
コガネはもう食べ終えたようで、アオイの荷物を馬に乗せに行った。
その間にアオイも食事を終え、綺麗に結われた髪を確認してウラハにお礼を言う。
そのまま笑顔で送り出されて、アオイは馬の上に引き上げられた。
セルリアも見送りに出てきたので、何か土産を買って来よう、なんて考える。
「じゃあ、行ってきます」
「気を付けてね」
「はーい。お店お願いね」
「任せときー」
「行ってらっしゃい、姉さま」
「行ってきます、セルちゃん。お土産買ってくるね」
「うん!」
セルリアも流石にアオイの不在には慣れたようだ。
いつもいないというわけではないが、居ない事は意外と多い。
手を振ってリコリスの敷地を出て森に入り、森を出てからは一気に速度を上げて進む。
今日の宿泊場所はレグホーン、第6大陸の街である。
そこまで進まないといけないので、それなりの速度で移動する。
「……主」
「なーに?」
「何か来る」
「えっ……何その懐かしい響き」
昔を思い出すそんな言葉にコガネを見上げると、コガネは目を細めて馬の手綱を握り直した。
アオイも周りを見てみるが、よく分からない。
「どうする?」
「うーん……あ、ここならいけるんじゃない?」
「……ああ、そうだな」
現在位置を確認してコガネに笑いかけると、コガネも理解したのか笑った。
この道を進むには、この先に居るらしい何かを無力化しないといけない。
普通なら一度止まって対処するのだが、この近くには深い深い谷があるのだ。
「ヒソク!」
その谷の底には、アオイの契約獣である最上位ドラゴンが居る。
谷から離れすぎると魔力も声も届かないが、ここなら問題なく届くだろう。
その予想に違わず、アオイが視認できる位置まで接近していた魔物は突然地面に縛り付けられた。
殺してはいない。
アオイたちが通り抜けるときだけ、動かないようにしているだけである。
「ありがとーう!」
叫びながらその横を通り抜けると、優しい風が頬を撫でた。
このくらい容易い。気を付けてな
なんて声が聞こえた気がしたのはアオイだけではないようだ。
コガネも軽く手を振っていたので、彼は上まで目を寄こしていたらしい。
今度しっかり会いに行こう、とそんなことを思い前を向く。
第6大陸は、近いようで遠い。レグホーンに着くまで気は抜けないのだ。
「昼休憩、どこにしようか?」
「関所で休んでいこう」
「はーい」
普段は通り抜けるだけの関所だが、ちょっとした休憩所も兼ねている施設でもあるのだ。
ただの野原より安全なのは間違いないので意外と人は多い。
アオイたちは馬移動が基本なのであまり寄らないが、徒歩が基本の冒険者たちはかなりの頻度で使用しているはずだ。
そもそも馬を借りるにも金がかかるので、実はそれなりの贅沢だったりする。
アオイがそれを知ったのは旅をしていた時なのだが、馬が基本だと思っていたアオイは大分驚いた。
ああ、懐かしい記憶だ。などと、アオイが思い出に浸っている間にも馬は進んでいき、気付けば第4、第6大陸間の関所が見えてきていた。