2,別の流れ
夕飯の前の少しの時間にレヨンからの手紙を見せると、コガネはスッとため息を吐いた。
そして、どうするかと聞いてくる。
「トマリに見てきてもらったんだ。レヨンさんの言う通り、どうにかなるみたい」
「そうなんだ。……じゃあ、こっちは報告待ち?」
「うん。次の薬師会には出席の連絡を送った」
「分かった」
トマリが言うには、いつぞやのシルバー級薬師、ハルフも行っているらしい。
彼は有能だ。どうにかしておいてくれるだろう。
これで色々あって階級を上げてくれたらもっと色々頼めるようになるだろうか。
そんな勝手な事を考えながらコガネを見ると、何か探るような目をしている。
これで話が終わっていないことは察しているらしい。
「……で、なんだけどもね」
「うん」
「行きたいところがあります」
「うん。どこ?」
「……第7大陸」
素直に答えると、コガネは何か考え込んでしまう。
そうなるだろうと思って事前に相談したのだが、まさかいけないなんてことになるだろうか。
それは、少し困る。絶対に行かなければいけないわけではないのだが、困る。
「……まず、ポーションの作り置き」
「あ、うん」
「あとは日程の調整。いつ行くの」
「これから決める」
「分かった」
行くことは否定されなかった。が、コガネは何かを考え込んだままだ。
まあ、行く場所が少し特殊だし無理もない。
とにかく行くことに異論はないらしいので、準備は進めていいだろう。
そんなことを考えていたら夕食に呼ばれた。
2人揃ってリビングに向かいつつ、アオイはコガネを盗み見る。
思い悩むような、考え込むような。
その表情は、アオイの所為だろうか。
そうだとしたら、申し訳ないとは思う。
それでもコガネに手伝って貰わないと出来ないことの方が多いので、これからも悩ませてしまうだろう。
心の中で謝りながら、階段を降りてリビングに入る。
支度の終わっている夕食の席に着き、アオイは遠出の話を持ち出した。
「へえ、第7大陸」
「うん」
「マスターがそこまで行くのは久々ね」
「第7、大陸……」
「セルちゃん?」
「入れないんじゃないの?」
不思議そうに言うセルリアは、しっかり第7大陸の事を知っていたらしい。
そう、第7大陸には、通常入れない。
何があるというわけではなく、第7大陸は絶賛鎖国中なのだ。
他の大陸と比べて圧倒的に小さなその大陸は、大陸の全てが一つの国である。
大陸内が全て国であっても、魔物が出ないわけではない。
魔物は出る。それも、かなり特殊なものが。
第7大陸は、他の大陸と在り方が違い過ぎたのだ。
故の鎖国である。
特殊な許可がなければ大陸内には入れない。……のだが、アオイはその許可を持っていた。
店を作る前、旅をしていた時にちょっとした縁があったのだ。
アオイは第7大陸をとても気に入っている。
が、気軽に行けるところではないので行く頻度は低かった。
それが今回行こうと思っている理由は、まあ、単純と言えば単純なものである。
第7大陸の長たちは、他とは違う目を持っている。
アオイが今悩んでいることの答えを、別の所からくれるかもしれない。
そんな淡い期待をもって、会いに行くことにした。
首を傾げているセルリアには例外もあるのだ、と答えながらコガネを見る。
日程はコガネが調整してくれるだろう。
アオイはひとまずポーション類を作り続けなければいけなさそうだ。
夕食を食べ終えて、そのまま作業部屋に向かう。
コガネもついてきたので巻き込んで作業をしようかと思ったのだが、コガネは日程を決めるためについてきたらしい。
「いつにしようか?」
「早くがいいなぁ」
「分かった。……次、出店が……」
考え始めたコガネを横目に、アオイはポーションを作る準備を始める。
ナベの中に水を張り、乾燥させた薬草を砕いていく。
薬研と言う道具を使って、粉末状になるまで砕く。
粉末状になった薬草を、水を張ったナベに入れる。
ゆっくりとかき混ぜているととろみが出てくるので、そこでポーションの実、といういかにもなものを入れ、実が煮崩れるまで再びナベをかき混ぜる。
実が煮崩れるまで煮込むと、だいたい開始から2時間だ。
そうなったら、火を止めてナベの中身を柄杓を使ってろ過機に流し込んでいく。
数枚の布に濾されたのちに落ちてくるコバルトグリーンの液体をビンに詰め、後始末を終わらせたらポーションづくりは終わりである。
大体3時間。初めてやった時は、確か4時間とかかかっていたから、これでも慣れた方なのだ。
どうしても、煮込む作業と濾す作業に時間がかかる。
それ以外を短縮しても、3時間。
「主」
「うん?」
作業を終えて息を吐いたところで、コガネに肩を叩かれた。
振り返ると紙を持ったコガネが立っている。
日程が決まったようだ。
「これでいい?」
「うん。ありがとう」
日程は決まったので、これを契約獣たちに連絡を回してもらい、アオイはもう一度ポーションづくりに取り掛かろうとした。
したところで、コガネがそっと手を引いてくる。
「コガネ?」
「今日はもう遅いから、明日」
「え、もうそんな時間?」
「うん」
言われてみれば、夕飯の後から作り始めたのだからそのはずだ。
納得して切り上げると、コガネは安心したように笑みを浮かべた。