6,ヴィストレーン家
岩場から再び水竜に乗り、第2大陸の国から少し離れたところに下ろしてもらう。
明日ここで呼ぶ、と約束を取り付けて、アオイはアルフを見た。
ここから歩くとなると、かなりの距離になるが大丈夫なのだろうか。
そんな心配もつかの間、アルフがどこかに手を振っているのが視界に入った。
そして気付く。何かが接近し来ているようである。
まさかドラゴンだろうか、などと思いながら目を凝らすと、馬車がこちらに来ているようだった。
「……馬車」
「はい。呼んでおきました」
「そう、なんですか」
当然のようにベーレスにそう返されて、アオイは思い出す。
そう。レークは貴族で、この2人はその使用人だった。
学者のイメージが強くて忘れかけていた。
そういえば、トマリからの報告書にもそこそこ名のある貴族だと書いてあった気がする。
お抱えの御者くらいいてもおかしくはないのだろう。
どうやって連絡を取ったのか不思議だが、ありがたいことに変わりはない。
迎えに来てくれた馬車は、やはりお抱えの御者だったようだ。
行き先も聞かず、全員が乗り込んだところで馬車を動かし始めた。
通常の馬車に乗るのは久しぶりだ。
いつも乗せてもらう馬車は空を飛んだり10人ほどが雑魚寝出来たり、あまりにも規格外すぎる。
そう。これが普通。普通馬車は地を行くものなのだ。
「どのくらいで着く?」
「ざっと2時間もあれば着くかと」
「そうか」
コガネは何かするのか、移動時間を聞いてすぐに魔法の準備を始めた。
何をするのかは分からないが、危険なことをしなければアオイが止める理由はない。
コガネに限ってそんな何か面倒を引き起こすことはないと思うので、アオイはとりあえず窓の外を見た。
夕日が反射する海は中々に綺麗である。
眺めているうちに馬車は進んでいき、いつの間にかコガネは魔法を放っていた。
何をやっていたのかは後で聞くとして、今は近付いてきた目的地を前にすることがある。
「コガネ」
「分かってる。中だ」
「トマリ」
「ほれ」
アオイの言いたいことを察してくれる有能なお供たちは、アオイが欲していた物、愛用の外套を差し出してくれた。
それを羽織ってフードを被り、目前に迫った門を見る。
「この時間で入れますか?」
「はい。これでも、ヴィストレーンは顔が効きますので」
「なるほど」
レークも助手2人も、アオイの外套については特に触れずに門を潜った。
このまま馬車で屋敷まで行けるらしい。
日が暮れた後も賑やかなここは、第2大陸のカブルという国。
イツァムナー同盟諸国という4国同盟の主国だ。
しっかり説明すると長くなるので省くが、ざっくりいうと色々特殊な国である。
レークの屋敷はそんなカブルの中でも立派な屋敷が集まる一角にあった。
大きな屋敷、特別装飾を凝らした屋敷、そんな自らの財を主張するかのような屋敷に囲まれている。
レークの屋敷は派手な装飾もない、よく見る作りの屋敷であるはずなのに、その存在はどこか洗練されていて周りに見劣りすることはなく、一線を置いていた。
「おお……すごいですね……」
「代々受け継いでいますから。その時だけの流行りを取り入れても、それはいつか廃れます」
「なるほど。そこまで考えて建てられたんですねぇ……」
「いえ、多分面倒だっただけですよ」
「ええ……」
いい感じの説明をしておいて、自らそれを否定したレークはにっこりと笑って家の扉を開けた。
中に入ると、すぐにメイドが寄ってくる。
そのメイドに何か言いつけて、レークはアオイたちを振り返った。
「部屋は、何部屋用意しましょうか?」
「一部屋で大丈夫ですよ」
「わかりました」
答えると、レークはすぐに使用人に何かを告げる。
流石慣れている。使用人の後姿を見送りつつそんなことを考えて、アオイはコガネの裾を引いた。
「どうした?」
「さっき、何してたの?」
「国内に何か紛れ込んでいないか確認していた」
「心配性……」
アオイが呟いても、コガネは素知らぬ顔だ。
この国は安全なはずだが、アオイの知らない何かがあるのだろうか。
アオイがそんなことを考えている間にレークは客間の手配を終わらせたらしい。
荷物はどうするかと聞かれたので、先に置いてくる、と答えて案内してもらう。
家の中も装飾は多くなく、それでも気品があるような、気がする。
残念ながら、アオイに品の良し悪しを図る観察眼はないのだ。
これが薬となると手に取るように分かるのだから不思議である。
「ここです。何かありましたら、ベッドサイドの鈴を鳴らして貰うと使用人が来ます」
「……前から不思議だったんですが、何であれで人が来るんですか?そんなに響かないですよね?」
「あれは、そういう魔道具なんですよ」
「へぇー……」
後で詳しく説明してもらおう、と思いながら、アオイは部屋の中に入った。
ついて来ていたコガネも、部屋を見渡してそっと息を吐く。
「いい趣味だな」
「ありがとうございます」
そう。中々にいい趣味である。
アオイは最上位薬師。色々あって貴族の屋敷に泊まることもあったが、悪趣味な部屋は本当に悪趣味だ。
それに比べてこの部屋のなんと心の落ち着くことか。
「……次、何か建てるときはこんな感じにしようね」
「主、何するつもりだ?」
予定はないがそんなことを考えてしまうほどには、趣味のいい部屋である。