3,内海の岩場
レークたちが来た日の翌日、アオイはコガネに布団を剥がされて目を覚ました。
コガネはそのまま布団を持って行ってしまったので諦めて身体を起こす。
……いい天気だ。これなら布団も今日中に乾いて戻ってくるだろう。
「だからって、引っぺがすことないと思うの……」
ここに居ないコガネにそんなことを言っても仕方ないので、大人しく着替えて部屋を出る。
もうずっと一緒にいるからかコガネはアオイの起こし方が荒い。
初めの頃は揺さぶるだけだった気がしたのだが、数年前から躊躇うことなく布団を剥がすようになった。
起こして貰っている身分なので別に文句はないのだが、それでも何となく昔が懐かしい。
人型を取れなかった頃のモエギにも起こされたことがあったなぁ、なんて思いながら階段を降りると、リビングからセルリアが飛び出してきた。
「おはよう、姉さま!」
「おはようセルちゃん」
今日は特に元気がいいようだが、どうかしたのだろうか。
そんなことを思いながら手を引かれてリビングに入る。
並べられた食事はいつも通り美味しそうで、セルリアの瞳が輝いている理由はいまいち分からない。
早く察しなければ、と思っていたら、楽しげに笑ったシオンが寄ってきた。
そして、セルリアの頭を撫でる。
「マスター、今日の朝食、1品セルちゃんが作ったんよ。分かる?」
「……え、どれ?完成度高くない?」
「やったなセルちゃん。見劣りしてないで」
「えへへー」
おかずを見比べて真剣に考え始めたアオイを見上げて、セルリアは嬉しそうに笑う。
本当に、いつの間にこんなに上達したのだろうか。
モエギとウラハが作った料理に混ざって分からないとは思わなかった。
「……食べてから、食べてから答え合わせしよう」
「うん!」
見た目だけでは全く分からないので、降参するようにそう告げるとセルリアは嬉しそうに笑った。
全員が揃ったら朝食を食べ始めて、食べてみてもなかなか分からない。
それでも、少し、ほんの少しだけいつもと味付けの違うものがあった。
「……これ!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
シオンに言われて勢いよく答えて、セルリアを見ると口元に手を当てて嬉しそうに笑っている。
無駄に緊張感を持って返答を待つと、バッと手を広げてセルリアが言った。
「正解!」
「やった!」
素直に喜んでから、もう一度食べてしみじみと呟く。
「……いつの間にこんなに上達したの……?」
「ふふ。マスターをびっくりさせようって頑張ったのよ?」
「びっくりだよー、うちの子すごくハイスペック」
すごーい、と誉めたてて、ずっと嬉しそうにニコニコしているセルリアを撫でる。
そのまま朝食は食べきって、纏めておいた荷物を持って外に出た。
楽しい楽しい朝の時間を終えて、アオイは若干の名残惜しさを感じながら湖に手を差し入れた。
数回揺らして、水竜がやってくるのを待っていると、客間の扉が開いた音がした。
レークの視線を感じるが、アオイが何をしているのか眺めたいだけのようだ。
寄っては来ないので一旦無視して、水竜を呼ぶ。
少しして顔を出した水竜は、楽しそうに自分の後ろに続いてきた子を紹介してくれた。
いつもリコリスに来ている子よりも一回り大きな体に、落ち着いた態度。
この子の方が年上なのだろうか。
「じゃあ、お願いしても大丈夫かな?」
『うん!任せて!』
『大丈夫。どこまでいけばいいの?』
目的地を伝えて、行けるかの最終確認をして。
そうしてらから立ち上がると、すかさずレークが寄ってきた。
「水竜、ですか!?」
「そうです。この子たちに運んでもらいましょう」
「運んでもらえるんですね!初めて知りました!」
はしゃぐレークの後ろでは、コガネが助手たちに移動中の注意事項を伝えていた。
特に制約がある訳ではないが、何かあってはいけないので念のためだ。
レークのはしゃぎ具合を見ていた水竜が物申したげな顔をしていたが、特に何か言ってくるわけではないので乗せる事に問題はないのだろう。
「それじゃあ、お願いね」
「お願いな!」
それぞれ水竜に声をかけて、荷物を付けてから背に跨る。
アオイたちはいつものように、レークたちは、助手2人がレークを挟むように座っているようだ。
「……あ、これ、移動中に話って出来るのかな?」
『出来るよー!』
「そうなの。すごいね」
『えへへ。もっと褒めて!』
やはり、水竜による水中移動が主流でない理由が分からない。
こんなにも有能でいい子たちなのに。
……それとも、やはり人を乗せ続けるのは疲れるのだろうか。
考えている間に水竜たちは水中に進んでいき、すぐにリコリスの湖から外海に繋がる洞窟に入った。
後ろからはレークのはしゃいだ声が聞こえてくる。
はしゃぎ過ぎているのか、時々腹部を圧迫されたような声も聞こえてくる。
「よーし!それじゃあ、レッツ内海、人魚の岩場!」
アオイが改めて目的地を口に出しつつ拳を突き上げると、いつものようにコガネがのってくれた。
後ろからはレークの楽し気な掛け声も聞こえてくるので、アオイはすっかり機嫌を良くしてコガネに体重を預けるのだった。