5,烈風烈火
朝食を食べて、昼食の弁当を受け取ってリコリスを出る。
まだ早朝で、朝日は低い位置にいた。
ジーブはフレアに声を掛けずに出てきたらしい。
3人は森を進み、迷いの森を迷うことなく抜けた。
アオイは外套についているフードを被っている。
そうしないと、彼女は目につくからだ。
まずはフォーンに向かい、馬を借りる。
アオイはコガネと同じ馬に乗るため、借りる馬は2頭だ。
馬に跨り、コガネが前を走って目的地まで向かう。
海が見える一軒の家、それが、今から会いに行く人物の家だ。
アオイが迷いの森に住もうと思ったのは、その人物が国や街ではない一軒家に住んでいたからでもある。
その暮らし方にアオイは憧れたのだ。
途中で昼食を取りつつ進んで、太陽が高いうちに目的地に着いた。
入り江の先の開けた土地に建つ、一軒の家。
馬から降りてノックすると、中から声がした。
「お、いらっしゃい。待ってたよ」
「お久しぶりです」
出てきたのは、長い赤からオレンジのグラデーションの髪に、黄色と緑のオッドアイという中々見ない外見の女性。
身を引いて家の中に招き入れながら、ジーブに目を向けた。
「なるほど、雪属性か。確かに適任だね」
何も言っていないが、送った剣の情報と今見たのであろう魔力で大体を察したらしい。
彼女の名は、レラプ・リーン。先代勇者の1人だ。
この世界には今、勇者と呼ばれる人が10人いる。
1人はケイ。フォーンを造った今代の勇者であり、代々勇者が持っているオリジナルスキルを受け継いだ正式な勇者である。
残りの9人は、先代の勇者。
260年ほど前に魔王を討ち果たし、その際に呪いを受けてパーティー全員が人間の寿命から外れているため、今も存命だ。
この先代勇者たちは、本来の勇者であるパーティーリーダーが王から勇者の任を受けた際、「自分1人だけを勇者とするなら、その任は受けない」と前代未聞なことを言ったせいでパーティーメンバー9人全員が勇者として扱われた、極めて特殊な勇者だ。
だが、その能力は勇者を名乗るにふさわしいものがあり、当時の王もそれを鑑みて全員が勇者の称号を背負うことを許可した、とされている。
「レプさん、材料これくらいなんですけど、どのくらいの大きさになりますかね?」
「うーん……私の持ってる材料で使えそうなのも混ぜて、普通の片手剣より少し短いくらい、かな」
彼女の二つ名は、烈火の錬磨士。
魔道具士であり、鍛冶師である。
先代勇者パーティーの武器、魔道具は全て彼女の作ったものであり、人を越えた魔力を纏わせて多少無理な使い方をしても、全く曲がらず、歪まない。
現在でも彼女を越える鍛冶師、魔道具士はいないだろう。
アオイが腕に着けている魔道具も彼女の製作したものであり、何かあれば自動で結界を張る優れものだ。
レラプは髪を1つに括りながら、ジーブに何かを渡した。
「木刀?」
「そのくらいの大きさになると思うから、少し慣れておいて」
「ああ、なるほど」
ジーブが納得の声を上げると同時に、奥から人が現れた。
闇から溶けだすように出てくる様は、トマリに少し似ている。
口元を布で覆っており、その音を立てない動きに初めて会う人は大体恐れを見せる。
彼も先代勇者の1人である。
二つ名は月影の烈風。先代勇者の面々からはレラプと合わせて烈風烈火と呼ばれていたりした。
「お、ルト。どうしたの?」
「手合わせでもするか、と思ってな」
そう言って、ルトはジーブを見た。
嫌ならいいが、とでも言いたそうな目を向けられて、ジーブは一礼した。
「お願いします」
「ああ」
2人は揃って外に出ていき、残された3人は剣の詳細を話しながらレラプの工房に向かった。
聖銀でも混ぜる?と軽い調子で聞いてきたレラプに、アオイとコガネは全力で首を振った。
「お代どんだけになりますかそれ」
「別にいらないけどなぁ……」
「いや、あと腐れなくするために決めてくれ」
2人から言われてしばらく考えて、何かいいことを思いついたのかアオイに向き直る。
「じゃあ、毒消しと魔力ポーションでどう?」
「物々交換!?」
しかも、提示されたものは別に高価なわけでもない。
上級まで取った薬師なら誰でも作れるようなものだ。
等価交換になってないですよ、とアオイがこぼすと、ふふんと得意げに笑われる。
「すっごい大量に。今、ポーションとかを魔道具の原料に出来ないか試してるんだよね」
「またすごい事してますね……分かりました。それぞれ大瓶3つずつくらい送りますね」
「本当に大量だ」
笑いながら了解の意を示し、レラプは工房に入った。
居ていい、と言われたので邪魔にならない位置で見学しつつ、その手際の良さに息が漏れた。
コガネはアオイ以上にくぎ付けである。
コガネは錬金術を操る。
それ故か、まるで錬金術のように形の変わっていく材料から目が離せないようだ。
錬金術を使っていないのは魔力で分かる。というか、特別魔法を使っている感じはなかった。
何がどうなっているのか分からない。分からないからこそ面白かった。
その日はレラプの家に泊り、翌朝帰ることになった。
剣は出来たら届けてくれるそうだ。
「その木刀は持ってってもいいけど……どうする?」
「貰っていきます」
「はーい。じゃあ、これを上げよう」
渡されたのは、帯剣用の吊革。
綺麗に染色されて、細部には刺繍が施されている。
明らかに高価そうなものだった。
「いや、ついでで渡すものじゃないですよね?」
「練習で作ったものだから貰っておくれ」
にっこりと笑顔で言われ、断れずに腰につける。
ついでに木刀も収めれば、似合う似合うと満足そうに言われた。
アオイに助けを求める目線を送れば、諦めたような微笑みが帰って来る。
「先代勇者はみんなどこか自由だから、諦めて」
何かを諦めたような、悟ったような瞳に本気で何も言えなくなった。