1,闇の中
アオイはその日、コガネと2人で遠出をしていた。
目的地はあるのだが、どちらかと言うと久々に2人でどこかに行きたい、というコガネの要望を叶えるためだった。
……だったのだが、そのお出かけの最終地点はコガネの望まない場所になっていた。
それでもコガネは苦い顔をするだけで文句は言わなかった。
来る必要がある場所だということは分かっているのだ。
「主」
「うん。ここで待ってて」
「分かった……気をつけてな」
「大丈夫だよ」
とある洞窟の前でアオイを降ろし、コガネは心配そうに眉根を下げた。
そんなコガネの頭を撫でて、アオイは笑顔のまま洞窟内に入っていく。
明かりの一切がない洞窟内を進むのに、アオイは特に苦労もないようだった。
道を知っているのか迷うことなく奥まで進んでいき、進むうちに視界に何かキラキラとしたものが入り込み始める。
それも気に留めず、アオイは進み続けた。
そして、目的の洞窟最奥部に到達する。
何かが輝く、開けた場所にアオイが足を踏み入れようとした、その時だ。
その場所の奥から、酷く怯えた声が聞こえてきた。
「だ、誰だ……!来るな、こっちに来るな!」
その声も無視して、アオイはその場所に入り込む。
そして洞窟の奥で壁に寄りかかり膝を抱えた声の主に歩み寄った。
「何だ、早くどっか行け、こっちに来るなぁ!」
もうほどんど泣き出したような声になって訴える若い男の声を、アオイは全て綺麗に無視した。
そして、その人物の前に視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「こんにちは、闇蝶」
「……あ、あんた……愛し子、か?」
「はい。だから、大丈夫ですよ」
「そう、か……い、いや、それでもだ!何があるか分からないんだから、早く出ていってくれ!」
アオイを窺うようにそっと開かれた瞳が、不安に揺れる。
紫と黒が入り混じる長いまつ毛が震えるたびにキラキラと輝く彼の鱗粉が宙に浮きあがった。
この鱗粉を吸い込むと、この世のほとんどの種は死に至る。
これの影響を受けないのは一部の、強力な光の種族だけだ。
神獣、闇蝶。彼らは自らの出す鱗粉が他者を害することを恐れ、こうして人の来ない閉ざされた地での暮らしを求める。
それでも、闇蝶は一人では生きていけない。
闇に依存する彼らは、闇を産む光が居なければ崩壊してしまう。
だから、水辺のある暗闇に入り込む。
その水辺から漏れる光が、水辺から入ってくる自らの対が、彼らを成り立たせる。
アオイには光の加護があるので、闇蝶の毒が効かない。
それは彼も分かっているはずなのだが、それでも接近を嫌がるのはアオイが死ぬのが怖いのだろう。
「では、端的に。ここに他の人が来たことはありますか?」
「ない、来たら分かる。来たとして、生きて戻ったものはない……」
「蛇蝎の能力で戻った者もいないですか?」
「いない。……誰も、ここから出た者はない……」
「あら、じゃあ私が1番のりですか」
「楽しんでないで用事が終わったなら早く帰れ……!」
再び涙目になり始めた青年をこれ以上虐めるのも良くないと思い、アオイはもう一つの要件を告げる。
「あと、もう一つ。闇蝶、貴方の鱗粉は、不死を殺しますか?」
「……どちらが強いか、による。最悪、不死の力で生き続け、俺の毒で死に続けることになる」
「なる、ほど……ふうむ、難儀ですねぇ……」
「こ、ここで悩むな、早く帰れ!」
頬に手を当てて考え込み始めたアオイに、青年は慌てて声をかけた。
そして、追い払うように手を振る。
そこまでされてしまうと残る訳にもいかないので、アオイは大人しく立ち上がった。
「分かりましたよーう。それじゃあ」
「ああ、早く帰れ」
「また来ますね」
「来るな!」
叫ばれながら、アオイは笑って手を振った。
強い拒否を示してくるが、闇蝶は自分が害せない存在との関わりをどこかで望んでいる。
アオイがまたここに来たら、文句を言いつつ話は聞いてくれるだろう。
洞窟から出る前に、アオイは魔道具を起動して衣服についた鱗粉を全て落とした。
コガネにはこの毒が効いてしまうのだ。
「コガネー」
「主、大丈夫だな?」
「うん。……全部落ちてるよね?」
「ああ。問題ない」
「そっか、じゃあ、帰ろう」
「ああ」
緩く笑いあって、帰路につく。
帰る道すがらコガネに闇蝶から聞いた話をそのまま聞かせて、迷いの森に入った所で降ろして貰って自分で歩く。
最近運動不足な気がしていたのだ。
「……主」
「うん?」
「誰か来てるみたいだぞ」
「え、そうなの?」
「ああ」
コガネの様子からして急ぎではないようだ、なんて思いながらアオイは歩みを速めた。
何であれ、来客がいるなら話は聞かないといけないのだろう。
買い物だけの客ならば、この時間に残ることはない。
今は夕方、森を抜けるには遅すぎる。
誰だろうか、と考えながら進み、リコリスの敷地に入る。
アオイの帰宅に気付いたサクラが家から出てきて、それに続くように見知った顔が現れた。
「アオイさん!お久しぶりです!」
「わあ、お久しぶりですレークさん」
アオイの前まで来て急停止したレークの後ろには、やはり助手2人もいた。
ベーレスがすでに申し訳なさそうな顔をしているのだが、今回は何の目的で来たのだろうか。
(私が)大好き闇蝶さん!
ちゃんと話に出したかったので、ねじ込みました。