8,星の輝き
ウラハは、アオイと出会ったとき大きな町に居た。
国ではないが、国の管理しているそれなりに平和で、それなりに物騒な場所。
そこで人と関わりながらのんびりと暮らしていた。
アオイが夢で見た場所は、その前に居た場所らしい。
詳細は誤魔化されるかと思ったが、ウラハは隠す気がないようだ。
「マスターは、不死に憧れる?」
「ううん?不死って、辛くない?」
「そうね。でも、憧れる人も多いのよ」
そう言って、悲しそうに笑う。
その表情に心を締め付けられるようで、アオイはビンを抱えなおした。
「私の横に、男の人が居たでしょう?」
「うん」
「あの人は、不死に憧れた人間に実験の道具にされたの。世界中からかき集められた物が、不死なりえる薬かどうかの実験に使われて、あの人は不死の身体になった」
お茶を啜って、ウラハは星を見上げた。
アオイもつられて上を見上げ、ついでにビンを掲げて光を集める。
「不死になっても、傷つけられる痛みは消えなかったみたいね。あの人は時が経つにつれて心が壊れていった。自分を傷つけるようになった」
「痛いのに?」
「ええ。これだけ痛い思いをしているのに死ねない自分を、どうにかして壊そうとした。私には、その苦しみがどれほどのものか分からない。だから、痛みを共有する契約をしたの」
静かに語られるのは、ウラハにとっては罪の告白なのだろうか。
アオイには、それが良い事なのか悪い事なのか、よく分からない。
「私の痛みは向こうにはいかない。あの人の痛みを、勝手に私が共有するだけの一方的な契約」
「……それが、最善だった?」
「分からない。分からないの。あれが最善なのか、何が最善だったのか。どんなに考えても、分からないのよ」
震える声で、そんなことを言うから。アオイは思わずウラハの顔を窺った。
ウラハもアオイを見ていた。
泣き出しそうな笑顔で、ウラハは言う。
「ねえ、マスター?不死を殺す薬は、作れるのかしら?」
翌日の夜、アオイは昨日と同じように空を見上げて寝転がっていた。今日は、ちゃんと敷物の上だ。
今日の供にはシオンを呼んだ。そろそろ来るころだろう。
「マースター」
「おー、セルちゃん寝た?」
「うん。で、どうしたん?」
「話が早いねえ」
何を告げるでもなくシオンを指定しただけなのだが、敏い彼は何かを察しているらしい。
隣に腰かけたシオンにビンを1つ預けて、アオイは空を見上げた。
今日も、満天の星空だ。
「ウラハの契約って知ってる?」
「察しては居るけど、内容は知らんよ」
「じゃあ、不死を殺す方法は知ってる?」
「また面倒なことに首突っ込んだん?」
明確な返事をくれないのは、知られたくないからか。
シオンの方を見ると、シオンは静かに星を見上げている。
「不死の内容によるなぁ。マスター、闇蝶は知ってるやろ?」
「うん」
「あの毒は、何よりも強い。光から不死になったやつ以外は、闇蝶の毒で死ぬで」
「……そっかぁ」
「あんまり無理しちゃあかんで?」
「はーい」
ぼんやりと返事をしながら、アオイは自分の師匠を思い出していた。
あの人も、不死のようなものだ。
もし不死を殺す薬が完成したら、先代勇者たちは欲しいと言うだろうか。
「……んー……」
「何で悩んでるんか知らんけど、相談行ったらいかんの?」
「あー……行ってこようかな……」
ヒソクにはしばらく会っていないし、相談ついでに会いに行くのは良いかもしれない。
契約獣の最年長なら、何か知っていそうだ。
「……まあ、やるかどうかも分からないけどね」
「そか」
「うん」
話している間に月が傾いていく。
まだ夜明けまで時間はあるが、だんだん眠くなってきた。
眠らないように何か話していたいが、なにか話題はあっただろうか。
「……あ、ねえ。シオンって、ここに来る前何してたの?」
「森で昼寝」
「それは知ってるけどさ……」
「デルピュネーで星詠み屋」
「それは知らない!」
勢いよく反応すると、シオンは楽しそうに笑った。
今も店はあるのでは、などと言うので、アオイはそのうちデルピュネーまでシオンを連れて行こうと決意した。
「もうちょっと詳しく」
「いや、人の作る物っておもろいやん?」
「うんうん」
「んで、それを得るには人の通貨が要るやん」
「そうだね」
「だから、稼ごう思うて」
「そんな軽くやることなの!?」
「まあ、俺らからすれば生まれた時からやってるしな。呼吸みたいなもんやし」
「えー……知ってはいたけど……」
星詠みとは、それなりに高度な技術だった気がするのだが。
まあ、彼は星花猫。人が星を詠み始めるずっと前から星と共に生きている種である。
「あ、そこで散らかし魔?」
「そうそう。人の子拾ってなぁ」
「人の子拾ったの!?」
「うん。多分奴隷やったな。逃げてきたみたいやから。おもしろそうや思うて」
初めて知るシオンの過去は、思っていたより内容が濃い。
それでも面白そうな日々だった。
拾われた子は、付けられていた鎖を解かれてシオンの元で星詠みを学んだそうだ。
そこの子が立派な星詠みになった頃、シオンはその国での生活に飽きてきたので、店を継がせて別の所に行ったのだと。
そして色々やっているうちにアオイと出会ったのだと。
「もう代替わりしたかもなぁ」
「そんなに前の事なんだ」
シオンの話を聞いていたら、眠気はどこかに行ってしまった。
話しながら空を見上げると、もう夜明け近くになっている。
手元の薬は大分完成に近い。明日が最後の星集めだろうか。