5,情報屋の夢
ちょっと悲しい風味なお話。苦手な方はご注意を。
サクラから渡された手紙を読んで、レヨンは後ろの本棚から1冊の本を取り出した。
その一部を書き写しながら、ニコニコとこちらを見ているサクラに問いかける。
「また珍しいものを欲しがってるけど、アオイちゃんは今何を作ってんの」
「なんかねー、夢の中の人に会いに行くんだって」
「ほーん。また豪儀だねぇ」
さほど驚いた様子もなくそういったレヨンは、書き終えた紙を最初から見直してサクラに渡した。
サクラも見てみたが、正直よく分からない。
「そこにあるはずだよ。お代は?」
「貰ってきてる!いくら?」
「200ヤル」
「はーい!」
そこそこの金額だが、それだけの価値がある情報だ。
きっと、ここ以外では知りえない事だろう。
「もう行くかい」
「うん!探すのは私じゃないから」
「そっか。アオイちゃんによろしく言っといて」
「はーい!またね、レヨンさん!」
「うん、また」
軽く手を振って見送り、レヨンは静かになった部屋で軽いため息を吐いた。
相変わらず、アオイは契約獣の扱いが上手い。
自覚があるのかは知らないが、それぞれの得意分野に的確に仕事を振るのは中々の才能である。
「軍師にでもなれるんでね?」
1人呟いてから、あり得なすぎて笑ってしまう。
あの心優しい少女が、人と、魔物と戦うための指示を出せるものか。
その弱いほどの優しさが彼女のいいところなのだ。
今回は訪れなかった友人に思いを馳せて、レヨンはクツクツと笑う。
そして、机の上に放置していた作業を再開した。
そんなことをやっているとすぐに時間は過ぎるものだ。
夕飯を食べ損ねかけて慌てて玄関のカギを閉め、適当に夕食を作って食べていると小鳥が1羽帰って来る。
行儀は悪いが夕食を食べながら小鳥の報告を聞いて、とりあえず部屋で休むように伝えて食器を片付ける。
もう1人で暮らし始めてかなりの時間が経つ。むしろ、1人の方が長いくらいだ。
支度も生活のリズムも、全て1人用で整っている。
だからいつものように寝支度を整えてベッドの入り目を閉じたのだが、いつもとは違いすぐに朝を迎えることはなかった。
目を開けると、そこはいつもと変わらぬ家の中で。
ベッドから降りて着替えを済ませて、朝食の香りが漂うリビングに向かう。
そこには2人分の食事を作っているエルフが居た。
「おはよう、ミドリ」
「おはよ……ご飯なーに」
「卵の炒め物とベーコン。顔洗っておいで」
「あーい」
いつもと同じやり取り。違うのは、その日の朝食くらいだ。
顔を洗ってリビングに戻ると、テーブルにはすでに朝食が用意されている。
向かい合わせに座って、手を合わせてから朝食に手を伸ばす。
「美味しー。バキア店でも開けばー?」
「それは大変だからね。作れるのは2人分くらいだよ」
「ホーン……まあいいか。今日は?」
「用事はないかな。ミドリは?」
「なーんにも。どこか行く?」
「なら、探索に行こうか」
平和な会話をして、国の中を探索して1日が過ぎる。
おやすみ、と言って、当然のように返される返事と頭を撫でる手に甘えて。
そして、眠って夜は明ける。
起きた後は同じだ。
朝食を食べて、その日のお互いの用事を確認して。
その日は、そう。私は、作ってもらったペンでいそいそと字を掘っていた。
「順調?」
「うん。もうすぐ、1冊目の分が溜まるかも」
「それは楽しみだ」
そう言って笑ったバキアの顔は、とても優しかった。
それから数日後に1冊目は完成して、その後は思った以上の評判に調子に乗って2冊目を作り始めた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
眠る前の挨拶をして、部屋に入って眠って。
朝を迎えて、朝食を食べて。
その日も、変わらないはずだったのに。
「ミドリ、行こう」
「い、行こうってどこに!?」
「分からない。でも、行かなきゃだめだ」
突如として頭上に現れた巨大な何かは、分かりやすい殺意を持っていた。
逃げるといってもこの国の中はどこも平和ではないだろう。
それでも、逃げるのだと保護者が言うから。
私はそれを信じて、自分の手を引く人について行くしかなかった。
そして、それを頭上のナニカは見逃してくれなかった。
狙われたのは、多分私。
それを庇って、バキアは腹部に大きな傷を負った。
そうなってしまったから、もうここから動けない。
今にも消えてしまいそうなバキアを抱きしめて、そこで座り込むしかできなくて。
目の前に広がった絶望をただ見つめていたら、ナニカは何かによって引き裂かれて、消えた。
それが消えた時、ああ、夢が覚めるのだと思ったのだ。
でも、腕の中のバキアは未だに傷を負っている。
「バキア、バキア……」
「ミドリ……だい、じょうぶ……だから」
「何も大丈夫じゃないよ!こんな傷、私じゃ治せない……」
「だいじょう、ぶ。ミドリは、俺がいなくても……」
「それこそ、大丈夫じゃない!」
叫んでも、バキアは淡く笑うだけだ。
私がいくら泣いても、その涙を拭う力も残っていないのだ。
「ね、ミドリ……」
「何、なに……」
「生き、て。おれの、ぶんも……」
何と酷い願いだろう。
何と身勝手な願いだろう。
こちらに返事をする余裕も与えずに、勝手に願って勝手に死んで、勝手に私の魔力を改変して。
それでも、分かってしまう。
これは、バキアから与えられた最後の愛なのだ。
私が、世界を見るのが好きだと言ったから。見て回って、それを纏める時間をくれたのだ。
それでも。それでも叫ばずにはいられなかった。
1人でなんて、楽しくないじゃないか。
バキアと一緒だから行きたかったのだ。なのに、なのに。
「バキアはバカだ、身勝手だ!私の本当の願いも知らないで、特大の愛だけ置いて行きやがって!これじゃ、死ねるわけないだろう!」
1人叫んで、散々泣いて。
その後の記憶は、少し曖昧だ。
曖昧だから、そこで目が覚めた。
「……酷い夢だ。ったく、何年前だよ……」
ガシガシと頭を掻いて、ベッドから降りる。
着替えを済ませて部屋を出て、リビングに入って1人分の食事の準備をする。
朝食を食べて、顔を洗って玄関のカギを開ける。
ぼんやりと客を待っていたら、夢の内容を思い出してしまう。
夢の中で人に会うのだ、なんて話を聞いたからといって、あんな夢を見せることはないだろう。
誰に言うでもない文句を言っていたら、目から雫が零れた。
タイミングよく帰ってきた小鳥に心配されながら、何でもないと言って報告を聞いて。
そんなことをしていたら、扉がノックされた。
幸いもう目は濡れていない。顔色も、いつも通りだ。
「開いてるよー」
緩く扉に声をかけると、そこはゆっくりと開く。
入ってきた人物を見て、軽いため息を吐いた。
「君か。飽きないねぇ」
「どうしても、駄目ですか」
端的に言ってきた相手に対し、レヨンはフッと笑った。
この男は、自分に求婚してきているのだ。
知り合いの貴族の息子なのだが、中々奇妙な趣味をしている。
「ああ。残念ながら」
「何故、ですか。俺は、そんなに魅力のない男ですか」
「いや?君に声をかけられたら頬を染める女性は大勢いるだろうよ」
「では、何故」
「……私は、私に与えられる最大の愛を知ってしまっている。君がどれだけ愛してくれても、それを至高だとは思えんのでね」
だから、諦めろ。
最後の一言は、言わないでおいた。
察して諦めて、もっといい相手を探しなさい。
そんな表情をしていたはずの自分は、きっといつも通りの飄々とした情報屋だ。
それでいいのだと自分が望んだから。
これがいいのだと、彼が居た時から言っていたことだから。
時々友人たちと遊んで、普段はそれなりに暮らして。
そんな生活がいいのだと。
そこに彼が居たら、それは至高だろうが、それは叶わぬことだ。
「私は、普通に平和な時間が好きなんでね」
説明不足は重々承知です。
でも、ここで説明を入れちゃ駄目な気がしたのです。
衝動のままに書いていたらいつもより長くなりましたが、今回に限っては反省も後悔もしていないです。