3,星の下
「なあ、アオイ」
魔女は、頬杖をついて疲れた顔をした。
寝るたびに同じ夢を見るのだから、疲れもするだろう。
「夢で、私を追っている者に会えるか?」
「……会いたいんですか?」
「ああ。会わなくてはいけない。と、思う」
「なる、ほど」
夢を見ないように、ではないらしい。
そもそも、見ないようするだけなら、アオイに頼らなくとも出来る事だった。
若干予想と違う話の方向に、アオイは出されたお茶を飲む。
飲みながら考えて、コガネを見るとコガネはいつも通りの表情をしていた。
それすなわち、好きにしろ。
アオイのやることを手伝いはするが、最終的な決定権はアオイに。それはコガネの変わらない思考である。
アオイとしてはそこまで丸投げしたいのだが、それは許されなかったので仕方ない。
とりあえずお茶を飲む。ここで出されるお茶は、心を落ち着けてくれる。
「うーん……薬を、作ってみましょうか。どうやって会うかは、まだ分からないですけど」
「うん。それで良い。すまんな」
「いいえ。それじゃあ、出来上がったら連絡しますね」
「助かる」
時間はかかるかもしれない、と言ったら、今更急ぎはしない、と返される。
お茶を飲みきってカップを置くと、魔女が1枚のカードを差し出してきた。
魔女の使い魔の召喚証、のようだ。
「それで呼ぶといい。来るのは、面倒だろう」
「分かりました。それじゃあ、今日はこれで」
「うん。手間をかけるな」
緩く手を振られて、手を振り返して円形の部屋から出る。
部屋から出て立ち止まり、一度目を瞑ってゆっくりと開ける。
すると、そこは外だった。
入口のあった平地に立っていたアオイは、横にコガネがいることを確認して海に歩いて行く。
初めて通った時は驚いたが、今ではこの不思議は魔術にも慣れてしまった。
水に手を浸けて水竜を呼びながら、アオイはコガネに話しかける。
「コガネは夢って見る?」
「あまり見ないな」
「そっかー……」
「主は?」
「私はほら、爆睡してるから」
「なるほど」
困ったことに、アオイは夢を見ない。
絶対に見ないわけではないが、夢を通して会いに行く行為以外に夢を見た記憶が割とない。
「どうしよっか」
「別に、経験していないと作れないわけじゃないだろう?」
「そうなんだけどねー」
話しているうちに水竜が寄ってきて、その背中に乗ってリコリスに帰る。
やはり海路は早い。
空も早いが、海も早い。むしろ陸が遅いのかもしれない。
第1大陸に来ているのに、しっかり日帰りである。
夕飯の前にリコリスに着きそうだ。
今日のご飯に思いを馳せている間にどんどん進んでいく水竜の頭を撫でつつ、アオイは水面を見上げた。
夢と言ったら、何だろうか。
どうにもならなくなった時の相談先を先に見つけておきたい。
いざとなったら知り合いたちの間を練り歩くことも想定しつつ、巡る順番まで考え始めたところでリコリスの湖に続くトンネルに入った。
リコリスに着くと、魔法の気配がした。
セルリアが杖を持っているのが見えたので、練習に励んでいたようだ。
水竜の頭をもう一度撫でて、お礼に果実を差し出したりしている間に横にサクラが寄ってきていた。
水に潜った水竜を見送って、横にあるサクラの頭を撫でる。
用事があって寄ってきたはずのサクラは、用事を告げるのを忘れて頭を撫でられている。
「ただいま、サクラ」
「おかえり主!……あ、そうだ。あのねー、今日の夕飯、麺とパンどっちがいい?ってモエギが」
「パンで」
「はーい」
それを聞いて、サクラは走り去った。
モエギに伝えるのだろう。
今日の夕飯は一体何なのだろうか。気になるが、今はそれよりやることがある。
「コガネ、私は書斎に居るね」
「分かった。……何かあったら呼んでくれ?」
「うん、ありがとう」
何か心配されている気がするが、アオイとしては何を心配されているのか自覚がない。
何かしたかしら、と思いながら家の中に入り、手を洗ってから書斎に向かう。
途中キッチンから何かすごく食欲をそそる香りが漂ってきた。
意識が逸れそうになるが、今は薬が優先だ。
夢と言ったら羊だろうか。それとも、夜ということで星や月か。
考えながら使えそうな本を見繕っていたのだが、そこでふと思う。
月を名前に持つ羊と、星を詠む猫が家にいるではないか、と。
ああ、なぜもっと早く気付かなかったのか。
ため息を吐いて、アオイは本を机に置いた。
夕飯の後にでも声をかければいいので、今は本から必要そうなことを見つけてメモを書き出す作業を優先する。
夢に関する薬はそれなりに見つけたが、どれもこれも必要なものとはかけ離れた効能である。
ぼやいても仕方ないので、もう一度本を最初からめくり始めたところで夕飯の支度が出来たらしい。
書斎の扉がノックされてコガネが顔を出し、アオイは本を閉じてリビングに向かった。
「シオン、ウラハ」
「うん?」「どうしたの?マスター」
「夜、少し付き合って」
夢の考え事は、夜空を見ながらの方が捗る気がする。
そんなアオイの考えを分かっているのかは知らないが、2人とも了解の返事をくれた。