14,昔の話
レヨンに依頼の完了報告をして、出されたお茶をゆっくりと飲み干す。
流石に疲れた。コガネの疲労もすごかったので、薬が完成して病が完治するのを見届けてから1日休んで帰ってきたくらいには疲れた。
「うん。うちの子から聞いてた内容と誤差もないし、大丈夫そうだね。ありがとー」
「いいえー。はあ、疲れた」
「お疲れー。そういえば、新薬4つ、名前どうするの?」
「えーっと、冷華の息、赤華の涙、風華の舞、宝華の盾、です」
「いいじゃーん。中二病」
「仕方ないじゃないですかー。馬の上でぼんやり考えたんですから」
「ついうっかり右手が疼いた?」
「ついうっかり古い記憶が……」
だらっと会話しながらアオイはメモをめくる。
帰ったらこれの清書をしなくてはいけない。
「そういやアオイちゃん」
「なんですかー?」
「話は変わるんだけど、アオイちゃんって帰りたいと思ったことないの?」
「本当に変わりますね!?」
全く予備動作のない会話の切り出しに、アオイはとっても驚いて身体を起こした。
急に何かと思ったが、レヨンの目は真剣である。
それに、一応場を選んだらしい。
今、コガネとトマリは買い出しに出ていて、サクラは久々に鳥部屋で積もる話をしているところだ。
契約獣に聞かれないから、ある程度話やすい。
別に避けている話題でもないので、お茶のおかわりを貰いながらアオイは口を開いた。
「話したことなかったでしたっけ」
「まあ、なんか聞きにくくてね。10年目の真実ってことで」
「うーん、面白い話じゃないと思いますけど……」
「話したくなくなったらやめていいからさ」
促されて、お茶に口を付ける。
口の中を潤してから、ゆっくりと思い出すように声を出した。
「私、兄と姉が居るんです。2人ともすごく優秀で、2人が何でもこなすから私は何をしてもそんなに褒められなくて。
全く褒められないわけじゃないし、愛されてなかったわけでもないんですけどね。私が勝手に距離を感じてたので。
向こうは、兄と姉がいるので。私が居なくなってもそんなに被害はないなーと。でも、こっちは私を必要としてくれたので。帰る気は、なかったですね」
声に出してしまえばあっけない。
あまりに簡単な理由。あまりに単純な理由。
アオイがここに居る意味など、割と簡単で軽いものだ。
「そっかー……ま、私としては残ってくれて嬉しいんだけどね」
「そうですか?」
「そりゃ、友人に会えなくなるのは悲しいからね……って、泣きそうな顔だね?」
「レヨンさん……無意識に悲しい話題を……」
全く嘆かないレヨンの代わりにアオイが嘆いていると、レヨンは笑った。
そして、アオイの頭に手を伸ばしてくる。
「あのねえ、アオイちゃん。私の周りは悲しい別れが多いけど、それは私がいろんな人と関わってるからだよ。悲しい別れの確率は、別に人と変わらんさ」
「そうなんです?」
「そうなんだよ」
そう言われれば、そうかもしれない。
アオイは未だ別れを経験していないが、それは関わる範囲が狭いからだ。
レヨンのように広く人と関わっていれば、出会いも別れも増えるのだろう。
「さて、そろそろ2人が帰って来るころかな」
「あら、もうそんなに時間が経ちました?」
「まあ、喋ってたらすぐよねー」
ゆったりと言って、レヨンは茶を啜る。
ほどなくして玄関の扉が開き、買い出しに行っていた2人が入ってきた。
「おかえりー」
「ただいま。主」
「お?何か面白いものを持ってるね?」
「目ざといな……」
レヨンに関心のような呆れのような目を向けて、コガネは小脇に抱えていた箱を差し出した。
箱にはレヨンさんへ、というメモが張り付けられている。
「この字は、ミーファかな?」
「字で分かるのか」
「まあねー。当たり?」
「ああ」
買い出しついでにレヨンへのお使いを頼まれていたらしい。
さっそく箱を開けているレヨンを横目に、アオイはコガネの頭を撫でる。
「ありがとう、コガネ」
「ああ。……あ、見つけたからついでに買ってきたぞ」
言いながら差し出された紙袋の中身を確認して、アオイは笑った。
「流石コガネ」
そういうと誇らしげに笑うので、紙袋を返しながらもう一度頭に手を伸ばす。
撫でているうちに箱の中身を確認し終えたらしいレヨンから、荷物を置きに行かないのかと言われて2人は抱えた荷物を置きに行った。
「……さて。明日の朝には帰るんだもんね?」
「はい。今度はお茶しに来ますね」
「そうしてー。待ってるよ」
ゆったりと笑うレヨンにつられて、アオイも笑みをこぼす。
笑いあっていたらサクラが舞い込んできて、2人も帰ってきて急に賑やかになった。
「あ、そうだ。報酬渡さないとね」
「あ。そういえば」
「主、忘れてたのか?」
「……えへ」
「可愛いけど駄目だよー。対価はちゃんと貰わないと」
言いながら、レヨンは人差し指を立てた。
それを揺らしながら悪だくみの時の笑みを浮かべる。
「金銭的報酬と、情報的報酬、どっちがいい?」
「うわあ、すごい2択だ」
「主、どうする?」
「え、どうしよう……コガネ的には?」
「任せる」
「おっふ、丸投げ……えー……」
じゃあ、とアオイはレヨンの立てられた指に触れた。
本当はエキナセアに入れたかったアオイちゃんの話。
巡りに巡ってリコリスに入り込んできました。
リコリスだけ読んでる方にはなんのこっちゃかもしれない……でも入れたかったの……
これで11章は終わりになります。
12章もなるべく早めに、具体的には7月中に始めたいですねぇ