11,毒を撒くもの
朝起きると横にトマリが居て、アオイが起きたのを確認して部屋から出ていく。
それを見送って着替えを済ませ、部屋を出てリビングに向かう。
この村に来てからの朝の習慣を今日も繰り返し、アオイは髪を撫でつけながらリビングに入った。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「おはよう、主」
机の上には、アオイが昨日寝落ちる前に完成させた薬と、作った覚えのない薬が並べられている。
見覚えのない方を手に取って確認すると、あとで作ろうと思っていた薬のようだった。
「これ、コガネが?」
「手伝いだけだ。作ったのはそっち」
「ハルフさんが。ありがとうございます」
「いえいえ、コガネさんの作業に乱入しただけですから」
ニコニコとそんなことを言うハルフを見て、アオイは自分の知らないところで何をしていたんだいとコガネを見た。
コガネは答えずにアオイが作っていた薬を手渡してくる。
「……うん。とりあえず大丈夫そうかな」
「じゃあ、今日はそれの結果からですね」
「そうですね。あ、ハルフさん、最初の薬はどうでしたか?」
「ああ、少量作ってみたのがこちらに」
「……大丈夫ですね。続きをお願いしても?」
「もちろんです」
そんな話をしているとサラが起きてきて、朝食の配膳が始まる。
朝食を食べたら荷物を持って家を出る。
ハルフが作った最初の薬も持ち出して、なるべく多くの人に使用していく。
最初に薬を使用した人にも話を聞いたが、今のところ副作用はないらしい。
なるべく多くの人に話を聞いて、試薬を試して貰って結果を記録する。
何度も行った作業で、今では村人も積極的に参加してくれる。
アオイが作った試薬が効果を発揮したからか、アオイが村に来た当初より村の空気は明るくなっている。
「よし……それじゃあ、何かあったらすぐに声をかけてくださいね」
「はい、ありがとうございます……」
説明をして、薬を使って、そう言って次の人の元へ行く。
それを繰り返していたのだが、アオイはどこか、昨日までとは違うものを感じていた。
「……コガネ」
「探ってる」
「ありがとう。……何で、急に?」
「主が決定打に近付いたから、かもな」
アオイが今回作ったのは、体内の血液循環を正常に戻す薬だ。
病に侵された者の多くは手足まで血液が回らなくなるか、そちらに血液が行き過ぎるかの2択だったので、まとめて直してしまおうという考えである。
今回の薬も無事効果を発揮した。
これで、次の薬で「呼吸が浅くなっている」というその部分を直したら、あとは目が見えなくなる、耳が聞こえにくくなる、と言う薬師的には治しやすい部類のものだけになる。
つまり、必要であろう薬は後2つ。
アオイが病を治しきるまでそう時間はかからないだろう。
だから、病の根本が動き出した可能性がある。
「魔力が高まってる?」
「というより、集まってきている」
「……不味い、かな?」
「俺としては戦いやすいが、それは向こうも、なんだろうな」
コガネとこそこそ話していると、回診を終えたらしいハルフが寄ってくる。
ハルフも村の異常に気付いているようだ。
「お疲れ様です。……ところで、何だか空気が重いのですが」
「ハルフは魔力が苦手なタイプか」
「あまり魔法とも触れ合わないですからねぇ」
ゆったりと言っているが、その目は笑っていない。
アオイとコガネの表情を見て、ハルフはサラを呼び戻した。
危険ならせめて近くに置いておきたいのだろう。
村人たちはそれぞれ自分の家にいる。
動くのも辛いだろうから、と毎回薬師が家を回っていたからだ。
そうしていてよかった。外に人がいないので、多少は何かあっても大丈夫だろう。
「おししょー?どうしたの?」
「どうしたというか、どうなるかというか」
「また訳わかんない事言ってる……」
呼ばれた理由が分かっていないらしいサラが首を傾げていて、その間にコガネの捜索によって魔力の吸収源が見つかった。
コガネがまっすぐに指さす先には教会がある。
教会といっても小さなもので、神父が1人いるだけだったはずだ。
それでも村では重要な場所。
神父様が病にかかっていないのは神のご加護とかなんとかという村人も一定数いる。
そんな場所を、コガネはまっすぐ指さした。
その目に迷いはない。
アオイは教会に向かって歩き始め、当然のようにコガネも付いてくる。
ハルフは迷ったようだが、別々になるよりコガネの側が安全と判断したらしい。
賢明な選択である。
アオイが教会にある程度近付いたところで、教会の扉が内側から開いた。
中からは神父が出てきたのだが、初日にあった時よりずいぶんと人間味が消えている。
「ドウしたのデスか?ナにかモンだイが……」
片言で話し始めた神父は、喋りながら変形していった。
人の形を捨てた神父を、アオイは顔を顰めながら見返す。
正直こういった類のものは苦手で仕方ないが、そうも言っていられないのだ。
先ほどまで神父の姿をしていたそれは、完全に人だった痕跡を消して、アオイをジッと見つめる。
そして、唐突に吠え、アオイに向かって走り出した。
「やっぱりそうなるんだ!?」
さっきまで神妙な顔をしてたアオイはそう叫んで勢いよく身を翻し、地面を蹴って軽やかに走り出した。
神父だったモノが追うが、中々距離が縮まらない。
アオイは、足が速いのだ。
話の展開が急すぎるのはいつもです(反省)