8,希少なもの
朝食を食べ終えて、サラが寝ぐせを直して来たら薬を持って家を出る。
作った薬は3種類。
それぞれ違った症状を起こしている者に使用して効果を見て、メモを取る。
全て試して戻ってきたときには昼になっていた。
サクラは食材とキッチンの使用許可を貰ったらしく、いそいそと昼食の準備を始めていた。
それを見ながらメモを机に広げ、上位薬師たちは難しい顔をする。
「どう、ですかね」
「あんまり、でしたね」
お茶を啜りながら何か語彙力の低い会話をしている上位薬師たちの表情は優れない。
即効的な効果は期待していなかったが、それでももう少し効果があってほしかった。
「うーむ……試薬は、どこに向かうべきかな……」
「主、これはどうなんだ?」
「あー、これはねぇ、ここにしか効果がないのよねぇ」
「1つで済ませないといけないのか?」
「……はっ!」
コガネに言われて、アオイはわざわざ声に出して驚きを表現した。
何となく、今までの感覚で全てを解決する1つの薬を考えていたが複数作ってしまってもいいのか。
まさに目から鱗である。
「流石コガネ!それならとりあえず作り始められるかな」
「材料は決まってるのか?」
「うん、とりあえずね」
「そうか」
「あ、主!アジサシさんたち、今日の夕方には来れるって!」
「分かったー。ありがとう」
出来上がった昼食を運びながら、サクラは笑顔でそういった。
アオイはその頭を撫でながらメモを取り出し、サラサラと何か書き付ける。
それを見ながら、ハルフは不思議そうな顔をした。
「アジサシ、ですか」
「はい」
「移動型万能店アジサシ、ですか」
「はい!」
「来るん、ですか」
「はい!村には立ち入らないそうなので、少し距離は空きますが近くまで」
「す、すごい、ですね」
言われてアオイは得意げに胸を張った。
そしてメモをサクラに渡す。
「サクラ、お使いお願いしてもいい?」
「うん!」
「あの、サラもついて行かせていいですか?」
「はい」
社会勉強、的なことだろうか。
アオイも昔、初めてアジサシと会ったときは師匠に言われて店を閉めてでもアジサシの馬車を見に行ったので、アジサシさんはそういう扱いの店らしい。
まあ、珍しいよな。移動型万能店なんて、アジサシさんしかいないもんな。
そんなことをゆるゆると考えて、広げていたメモを仕舞って昼食の配膳を手伝う。
食べ終えたらサクラとサラは買い物、アオイとコガネは試薬作り、ハルフは一応の効果があった薬の製作と、皆やることがいっぱいである。
暇はないと思ってきているが、流石に忙しい。
近々休暇を貰おう、なんて思いながらアオイは昼食に手を付けた。
お行儀が悪いので、食事中はメモの確認はなしである。
食べ終わったらそれぞれの作業の時間だ。アオイとコガネは材料が来ないと作業できないので食器の片づけをしながらサクラたちの帰りを待ち、ハルフは1人作業部屋に入って行った。
サクラとサラは仲良く家を出ていき、その背中を見送ってふと思う。
「なんか、仲良くなってるね?」
「ああ。暇が被るらしい」
「なるほどー」
サラの方が幾分か年上のようだが、関わり方は同年代の友人のそれである。
かわいー。と脳が溶けたように呟きながら洗い物を済ませて作り方を書き出していく。
この辺りは、いつもやっている作業である。
今回はやりたいことがある程度決まっているので、いつもより進みが早いかもしれない。
ここになくてリコリスにあるものは随時トマリに運んでもらうので問題はないし、ここには使いたい道具がほとんど揃っていた。
流石は上位薬師の作業場だ。
ちなみに、この家は道具は揃っているがこの村に来たときの作業用らしく、普段は薬の類は置いていないらしい。
「さて、何種作るんだっけねー」
手元にメモを広げながらアオイは呟き、コガネはお茶を淹れるために立ち上がった。
お茶の場所もティーセットの場所も把握済みである。
サラとサクラは仲良く村の外まで来ていた。
何となく似ている名前、何となく似ている雰囲気。
何となく気の合う者同士、何となく一緒に居ることは多い。
特に、他3人が難しい薬を作っているときは仲良く蚊帳の外である。
一緒にご飯の支度をしたり、お喋りをしたり。そんなことをしていれば仲も良くなる。
「あ、サクラちゃん、あれ?」
「そう!あれ!」
村を出てまっすぐ進んでいくと、大きな馬車が止まっていた。
馬車に寄りかかってこちらを見ていた人が何か合図を出すと、アジサシが営業体制に変化する。
「やあ、サクラちゃん。今回は何をお求めだい?」
アジサシ店主、チグサはにこやかにそう言って、サクラがメモを取り出している間にサラに向き直った。
驚きで固まっているサラに微笑みかけて、チグサは綺麗な礼をした。
礼をしながらも視線はサラに固定されている。
「初めまして、お嬢さん。ボクらはアジサシ。世界中を旅する商人さ。以後お見知りおきを」
そう言われて更に固まったサラに気付いていないのか、サクラはアオイから渡されたメモをチグサに見せる。
「これー。全部あるかな?」
「ふっ……ここでなければアジサシの名折れだね!ギーネ、探して!」
「だんちょー。流石に品名教えてー?」
「サクラちゃん、そのメモ借りてもいいかい?」
「いいよー」
どことなく緩い会話を終えて、サクラはようやく固まったサラに気が付いた。
どうしたのだろう、と周りをちょろちょろしている間にアジサシの団員たちは注文の品を順調に見つけ出している。
アオイから頼まれたのはかなり希少なものだったと思うのだが、なぜそんなに簡単に出てくるのだろうか。
これが「万能店」を謳う店の実力、と言う事なのだろうか。
アジサシさんは呼べば来るし大体なんでも売ってます。何なら取りに行ってくれます。対価は必要ですが。