2,スコルの王
「で、話とは?」
「リコリスの店主殿に、スコル王と話をしていただきたいのです」
言われた言葉は、そのままではよく分からなかった。
聞いているのはずのアオイも何も言わないので、おそらく理解できていない。
コガネが怪訝な顔をしていたのか、スコルの使いはもう一度言った。
「スコル王から、リコリスの店主と対話する許可を得てくるよう仰せつかっております」
「……この店の店主が、誰か分かって言っているのか?」
「いえ、我々は……王は知っておられるかもしれませんが」
ああ、何だろう。とても、面倒な気がする。
コガネがそんなことを考えている時、アオイも同じように思っていたらしい。
話の核心を、と言われたので、コガネは使いに、幾分か強い視線を向けた。
「で、その話の内容は?」
「それは、我々には聞かされておりません」
「なんだそれぇー!」
叫んだのは、アオイ。
それくらい聞いてから来いよ!と続けたアオイを宥める声が入ってくるので、リコリスでは皆集まって聞いているらしい。
使いには聞こえていないからいいが、世間的には物静かで神がかった美しさの女性、であるのだからそう感情のまま叫ばないでほしい。
「セルが驚いてる」
「知ってる。初めてだったか」
「みてぇだな。そういやセルが来てからあんましやってなかったか」
この会話の内容も、使いには分からない。
あまり放置するのも可哀そうか、などと、先ほど長々放置したことを棚に上げながら、コガネは顎に手を当てて考え込んだ。
「話の内容は知らない。だが、王が呼んでいるから店主を連れてスコルに来い、と」
「いえ、王は、そちらが望むなら自分が出向くと言っています」
「……それ、本当に王の言葉か?」
「はい」
自分の知っているスコルの王は、そんなことは言わない。
深く知っているわけではないが、そう少なくもない回数会っている。
その言葉には、大分違和感があった。
コガネの違和感を察したのか、トマリが後ろから話に入ってきた。
「スコル、代替わりしたんだよな?」
「はい。先日、戴冠式を終え、新王が即位なされました」
「んで、その言葉は新王の言、ってことか」
「そうです」
トマリがコガネを見ると、コガネはまだ何か考えていたが、それでも先ほどの違和感は消えたらしい。
だが、これは返事に困る。
話は聞いているはずのアオイからはまだ何も指示が来ないので、もう少し詳しく聞かないといけないようだ。
「王は、どこまでなら来るんだ?」
「それは、王に聞かなければ分かりませんが……どこでも、行く気がします」
後ろにいる残り2人も頷いているので、もしこちらが無茶を言っても聞き入れそうな新王であるらしい。
これは、どうするかな。
いくらコガネでも、顔が見えない状態でアオイの考えを読むのは難しい。
無言で指示を待つか、適当に話し続けるか、1回帰らせるか……
考えているうちに、小さな呟きが聞こえてきた。
アオイの考えが纏まったらしい。
アオイはいつも通り、何か指示を出すときの柔らかい口調で回答を出した。
コガネは、聞いたままの言葉を使いに告げる。
「1週間以内に、スコル王城に出向く。何か印は必要か?」
「ありがとうございます!では、これを。見せれば王城に立ち入れます」
渡されたのは、使いが持っているものとは少し作りの違うスコルの紋。
そして、使いが去って行くのを見送った後、トマリにだけ指示が出た。
「スコルの現状を見てきてくれる?」
「おう。出てからでいいか」
「うん。お願いね」
アオイの声はそこで途切れ、コガネも通信を切って出店リコリスの荷台に移動した。
もう少し営業した後、帰ってアオイと詳しい話をしなければならない。
トマリがスコルで情報を集めている間に、決めることはそこそこあるのだ。
「あとどんくらいだ?」
「40分」
「微妙だな」
帰る時間は決めている。
そうしないと、客足によって滞在時間が変わってしまう。
そうなってくると、帰りの時間に合わせて夕飯を用意しているモエギとウラハに迷惑がかかる。
胃袋を掴まれている身としては、それは避けたいことだった。
チラホラと見た事のある顔が寄ってきて、買い物をして去って行く。
そんなことをしている間に時間は流れて、コガネはそっと鈴を鳴らした。
それを合図に出店リコリスは動き始め、門を通って国外に出る。
フォーンから出て少ししたところでコガネは荷台から降り、トマリはリコリスから離れた。
このままスコルを見に行くらしい。
そろそろ日が暮れて、暗くなってくる時間だ。
トマリが動くのには色々と都合のいい時間。
影に入っていく背中を見送って、コガネは出店リコリスを引き始めた。
迷いの森に入って、その中のあってないような道を進み、ほぼ最短距離でリコリスの敷地に入る。
外で待っていたらしいサクラに出迎えられて、その頭を撫でてから荷物を降ろす。
全て降ろしたら出店リコリスをいつもの場所に置いて、家の中に入って台所を覗き見た。
「……もうできるか?」
「もう少しですよ」
「そうか」
まだらしい。
なので、売上報告がてらアオイを探す。
アオイは、書斎で何か考え事をしていた。