1,出店リコリス
リコリスには、少数の馴染みの客しか入れない。
迷いの森を正しく抜けるには、アオイから渡される魔道具が必要である。
まあ、何も持たずにたどり着く者も一定数いるが。
そんな薬屋・リコリスの主な収入は、出店リコリスの売り上げだ。
アオイが偶に知り合いから頼まれた高等な薬を作って、額の狂った売り上げを出すが、それだけでは安定しない。
暮らしていくには、ある程度の金が要るのだ。
そんなわけで、今日も出店リコリスは出張準備を進めていた。
積み荷の確認を終え、帳簿に軽く目を通し、書くためのインクを確認し、ペンの状態を確認し、といういつもの行動をしていると、トマリが寄ってきて横から覗き込んでくる。
適当にその頭をベチッと叩き、コガネは出店リコリスに乗り込んだ。
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
「ああ。行ってくる」
「行くぞー」
「早く」
「雑だな」
「早くー」
アオイに微笑んで手を振ったコガネは、トマリに対して子供の様な態度を取った。
出店リコリスの荷台で足をぶらつかせて、在宅組から渡された買い物リストを眺める。
今日向かうのはフォーン。前回行ったときに大量の買い物をしたので、今日の買い出しはそんなに多くない。
迷いの森を抜けて、のんびりと進みながらコガネとトマリは雑談に興じる。
そうでもしないと、暇なのだ。
「最近は平和だな」
「そう頻繁に面倒が起こったら困る」
「それもそうか」
「……こんなこと言ってると、何か起こりそうだな」
「そういう事を言うな」
話しているうちにフォーンが見えてくる。
出店の許可証を見せるまでもなく、何も言われずに門を通り、大通りを進む。
進んでいると馴染みの客が寄ってくるので、そのたびに移動を止めてやり取りをして、終わったらまた進む。
「……おい」
「分かってる」
「どうするんだ?」
「まだ放置でいいだろう」
トマリに声をかけられて、コガネは軽く返事をした。
少し前から、呼び止めるでもなくただついてきている者がいる。
1人ではなく、だが、そう多くもない人数でついてきている。
ついでにいうと、こちらを凝視しているようだ。
明らかに普通の客ではなく、かといって関わるほどのものでもないので放置する。
害があるなら対処するが、無害なら関わらない。それがコガネの考え方である。
しばらくいつも通りの営業をしていたが、やはり3人ほどがずっとついて来ている。
別にいいが、流石に1日中ついて来られると気になるので用事があるなら早く来てほしい。
そう思っていたのだが、まあ、急に近づいて来られると驚くので、もう少し徐々に近づいてきて欲しかった。
そんな我が儘を考えている間に、ついて来ていた3人はリコリスを呼び止める。
トマリが気配だけでどうするのか聞いてくるので、鈴を鳴らして返事をした。
「何をお求めで?」
「……スコルの王の使いで来ました。お話を」
人目を気にしながら見せてきた紋は、確かにスコル王家のものだった。
紋を見て、声をかけてきた者に目を戻す。
「時間がかかるなら後にしてくれ。まだ営業時間だ」
「……分かりました」
思いのほか素直に引き下がったので、少し驚いてしまった。
下がって行ったのを見て、通常の営業を再開しながら、コガネは気付かれないようにそっとため息を吐いた。
ああ、面倒ごとの予感がする。
いつも通り大通りを移動しながら薬を売り、奥まで進んだら店と店の隙間にリコリスを収めて露店に紛れ込む。
移動が必要ないこの間に1人が買い物に行き、それが終わったら時間を見て帰るのがいつもの流れなのだが、今日は買い物が終わり次第面倒ごとが待っている。
リコリスを止めた時点で近づいてきたスコルの使いを、もう少し待て、と押しとどめてコガネは買い物に向かった。
店番のトマリとはいつでも連絡が取れるし、何かあってもトマリなら大丈夫だろう。
いつも行っている店に向かいながら、コガネはリコリスにいるモエギに連絡を取った。
少し後にもう一度連絡を入れるから、アオイも聞けるようにしていてくれ。と伝えて、買い物のリストを見直す。
小麦が大袋で3つ。乾燥肉が1ブロック。買い置きの野菜が切れたので1箱。
リコリスの主な出費は、食費である。
買い物の量もなかなかで、全てを一度には運びきれないので一店一店出店リコリスと往復しながら買い物をする。
今回の買い物は5往復目で完了し、コガネは両手にいっぱいの荷物を持って出店リコリスに戻った。
それを荷台の奥の方に積んで、今度こそ、と近付いてきたスコルの使いに向き直る。
「奥に回ってくれ。ここで話していると客が来れない」
「分かりました」
「トマリ」
「おう。分かってる」
店番はトマリに任せたまま、トマリからもリコリスに居る契約獣に連絡を繋いでもらう。
王族からの伝令だ。聞いている者は多い方がいいだろう。
コガネが再びモエギに連絡を繋ぐと、すぐにアオイの声がした。
「どうしたの?」
「内容は知らないが、面倒ごとの予感だ」
「わぁー……」
アオイのため息交じりの声を聞きながら、コガネは自分の正面に来た使いを見た。
使いもまた、コガネを見返している。
「……で、話とは?」
嫌な予感は当たるもの