10,戦いの終わり
見た事もない魔物相手に、慣れない戦いを続けていたモルモーの兵士たちは、とある変化に気付いた。
徐々に、迫ってくる魔物の数が減っているのだ。
どうしてなのかは分からなかったが、減っているなら嬉しいことこの上ない。
生きて帰れるかも分からない戦場に、ずっといるなど耐えられない。
終わりが見えてきた、と思っていいのだろうか。
考えているうちに、後ろから兵士たちが来た。
交代の時間らしい。
魔物は絶え間なく押し寄せてくるので戦い続けなければいけないが、ずっと戦っていても動きが鈍って殺されるだけだ。
なので、指揮官の指示で一定時間ごとに人を入れ替えて前線を維持していた。
引く時も気は抜けないが、多少緩んではしまうものだ。
気の緩みは命とりだが、元々兵士たちは戦闘に慣れていない。
少しくらいの雑談を止める者はいなかった。
「なあ」
「ん。なんだ」
「この戦い、終わるのか?」
「ああ、イピリアの女王が送ってきた薬師の従者が、大元と断ちに行ったらしいぞ」
「その薬師って、薬めっちゃ作ってた奴だろ?」
「そう、そう。怪我した奴ら、薬師が来てから戻りが早くなったよな」
「すげえな、薬師って」
「おう。これからは敬意を払っていこう」
そんなゆるゆる会話をしていた兵士2人は、自分たちに跳びかかってくる魔物に気付けなかった。
周りが慌てて声をかける頃には、もう避けられないところまで来ている。
2人は目を見開き、視界の中でゆっくりと自分たちに襲い掛かってくる魔物の、その凶悪な牙を見た。
ああ、なんてこった。
今日も、生きて帰れたと思ったのに。
こんなところで、俺の命は終わるのか。
そんなことを考える事は出来るのに、避けることは出来ないのだ。
いよいよ間近に迫った死に、目を瞑ろうとした時。
魔物が、横に吹っ飛んだ。
ついでに、自分たちは後ろに吹っ飛んだ。
盛大にしりもちをついたが、その程度、命の危機に比べれは軽傷過ぎる。
魔物が飛んで行ったのと逆の方向に目を向けると、そこには白髪に黄金の目をした美青年が立っていた。
その横には陰に溶けるように、もう1人人が立っている。
何が起こったのか理解するより早く、青年が声を出した。
「気を抜くな。まだ前線だぞ」
批判というより、単なる注意。
さほど強い言い方でもなく、だが優しくもない言い方。
ああ、この人に助けてもらったのか、と理解して、礼を言おうとしたのだが、気付いたら青年は走り去っていた。
「……なあ、もしかしてだけどさ、あの人たちが薬師の従者か?」
「だろうなぁ。兵士の中に、あんな強いの居ないだろ」
気を抜くな、と言われたので、警戒はしつつ急ぎ足で拠点に戻りながら、兵士たちはそんな会話をする。
「本気で、敬意を払わないと」
「払えるなら金も払いたい」
「お前のその性格はなんなんだ?」
「ほら、分かりやすく価値があるだろ?」
「そうかもしれんが」
警戒しつつ駆け足で、急いで拠点に帰ってきてほっと息を吐く。
感謝もある。この拠点に居るのなら、礼も言いたい。
だが、それよりも。
疲れて疲れて、早く寝たかった。
「どうする」
「後」
「おう」
水浴びをするか、食事を取るか。
全部後回しにして、兵士たちはベッドに倒れこんだ。
拠点に帰ってきたコガネは、いそいそとアオイの元に向かった。
アオイの魔力を使って穴を塞いだので、分かっているとは思うが一応報告した方がいいだろう。と、言いつつアオイの顔を見たいだけだ。
「主」
「おかえりー!お疲れ様。怪我はない?」
「大丈夫だ。トマリが陰から出てこないくらいしか異常はない」
「え、トマリ?」
「何だ」
コガネの陰から、半分だけ身体を出してトマリが返事をした。
普段なら陰に入られることを嫌うコガネが何も言っていない辺り、何かあったようだ。
「どうしたの?大丈夫?」
「おう。半日すれば直る」
「腕?」
「おう」
「そっか。じゃあ、何かあったらおいでね」
それだけで何があったのかを察して、アオイは半分出ているトマリの頭をポスポスと叩いた。
それを見て、コガネがスッとしゃがむ。
コガネの頭も同じように撫でて、カイヤに報告するためにテントを出た。
カイヤは中央のテントに居たので、入ってすぐに報告をする。
穴は塞がった、あとは残党狩りだ、というと、安心したのかその場でしゃがみ込んでしまった。
すぐに立ち上がって指示を出し始めたが、やはり気を張っていたようだ。
「ありがとうございました。本当に」
「いえいえ。まだ、終わってませんよ」
「そうですね。気を抜かないようにしないと」
自分の頬をペチッと叩いて、カイヤは地図を広げた。
コガネが指さした場所に印をつけて、何かを考えて線を書き加えていく。
「この範囲の魔物を、大方倒して終わりですね」
「どれくらいかかりますかね?」
「そうですね……5日、6日……」
「俺も行ってくる」
「あれ、珍しい。大丈夫なの?」
「おう。人が居ねぇ奥の方まで行って、追い立ててくる」
「分かった。無理しないでね」
珍しくトマリがやる気のようだ、と思って目を向けると、その顔には明らかに「早く帰りたい」と書いてあった。
帰るための協力は惜しまないらしい。
9章はここでおしまいです。
10章も早めに用意したい。頑張れ、自分。
早う書け、読ませろ、と思ってくれる人が居ましたら、下の方にある評価なり、感想なりを……それを糧に生きてますので……(糧に出来るほど貰えるとは言ってない)