9,前線へ
水に毒が混ざった翌朝。アオイとその契約獣たちは、拠点中央の作戦会議テントに居た。
他にはカイヤと戦闘の指揮官がいる。
水が使えない中で、長期戦は難しい。なので、なにかこの戦いを終わらせる手段がないか、という話らしい。
「これまで、この辺りで魔物の大量発生は起こっていないんですよね?」
「はい。魔窟の出現も確認されていません」
「と、なると」
アオイの心当たりは1つだけである。
確認を取るようにコガネを見ると、コガネは静かに頷いた。
「穴が開いたんだろうな」
「穴、ですか?」
どういうことなのか、理解が追い付かないらしい。
普通は見た事がないだろうから、その反応が正しい。
「時空の穴です。繋がらないはずの場所が、魔界と繋がってしまうことをそう呼んでいます」
「魔界と……!?」
「いや、まあ、それなら、あの魔物の量も説明が出来るが……」
問題は、その穴をどうするか。
穴は発見するのも塞ぐのも、特殊な技を使うのだ。
アオイは説明をしながら、トマリとコガネを見る。2人とも察していたようで軽く頷いた。
「コガネ、塞げる?」
「ああ。ただ、少し借りるぞ」
「うん」
「塞げるん、ですか?」
「はい。前に、やったことがあります」
問題は、穴がどこにあるか。
虱潰しにしてもいいが、それだと時間がかかりすぎる。
大方のあたりをつけるため、カイヤが地図を持ってきた。
その一連の動きを見つつ、魔物の主な進行方向を教えていた指揮官は、暇を持て余しているサクラにそっと声をかけた。
「最上位薬師って、何でも出来るんだな」
「主は凄いんだよ!」
「それは、見てて分かるわ」
どこか緩い会話をしている間にも、穴の場所は絞り込まれていく。
それを見ながら、指揮官はふと声を出した。
「それ、魔物の拠点に突っ込むってことになるよな?」
「そうだな」
「うちの兵士じゃ、連れて行っても無駄死にになるだけだぞ。どうするんだ」
ひどい言い方だと思われるかもしれないが、それが真実である。
この男は兵士の実力を正確に測れるから指揮官をしているのだ。
「俺が行く。コガネだけ穴まで運ぶなら簡単だ」
「穴探さないとだけどね」
「やべぇと思ったら戻ってくる」
そう言ってトマリがコガネの頭に肘を置いた。
コガネが勢いよくそれを払いのけたので、横に居たカイヤに被害が出る。
カイヤに謝りながら、アオイは指揮官を窺った。
「どうでしょう。出来ると、思うのですが」
「まあ、お前さんらが出来るってんなら文句は言わねえよ。俺らよりずっと強いみたいだしな」
「ただ、そうなると拠点内が慌ただしくなりますね。色々とやってもらっていましたし」
「なので、短期決戦で。1日の内に終わらせましょう」
作戦会議は終了で、コガネはすぐに準備を始めた。
必要なのは己が身と魔力だけ。アオイから、少しだけ魔力を借りてきたので他に必要なものはないだろう。
戦闘に関しては、コガネよりトマリの方が秀でている。
任せておけば、問題はない。
何かあった時はトマリがコガネごと影の中に入って離脱する。
普通、闇種以外が陰に入ると肉体の崩壊やら精神の崩壊やらが起こるのでコガネは闇には入れないはずなのだが、何故かトマリがいるなら入れてしまうのだ。
過去に色々あって入れることは証明されているので、今回も緊急離脱はそれで考えてある。
サクラは、拠点に置いて行く。
アオイの守護も必要だし、何より前線に連れ出すとモエギが怖いのだ。
苦手なもので埋まった夕食は、誰でも避けたいだろう。
「じゃあ、気を付けてね」
「主も、何かあったらすぐに呼んでくれ」
「大丈夫よー」
「その軽さは怖いぞ……!」
会話自体は緩いが、トマリもコガネも回りへの警戒を始めている。
臨戦態勢の2人なら、すぐに穴も見つかるだろう、とアオイは楽観視していた。
そんなアオイに見送られ、2人は戦場に出る。
今も魔物との闘いは続いている。
その合間を縫うように進んで、時折魔物を倒しながら穴の出現予想場所に向かう。
いくつか立てた予想の中で、1つでも当たりがあればいい。
なければ、見ていないところを虱潰しだ。
拠点に残してきたアオイが心配なので、早く帰りたい。
コガネの内心はトマリも察しているらしく、何かあればすぐに声をかけてくる。
「おい、向こう流れがおかしくねえか?」
「……あれは、違うな。風に乗って来ているだけだ」
「なら、風上か?」
「いや、風を起こしている奴がいる。……邪魔だな」
つまり、狩れと。
トマリはコガネの指さした魔物に向かって一瞬で詰め寄り、その体を貫いた。
形は人にも獣にも寄っていないから、どこが急所かは分からない。なら、中心を貫いてしまえ。
雑なようなその考えは正しかったらしく、魔物はその場に倒れて動かなくなる。
それを確認してコガネに目を向けると、コガネは魔力の流れを確認していた。
そして、向かう先を指さす。
その方向に進んでいくと、魔物の数は明らかに増えていった。
進行を邪魔するそれらを切り刻んで進み、どうにかたどり着いた先には目的の穴がある。
本当に、その空間は穴が開いていた。
先の景色も見えない、真っ暗な穴。
そこから、魔物が這い出てくる。
「塞げるな?」
「ああ。厄介払いは任せるぞ」
「おう」
普段は邪険に扱うが、コガネはトマリを信頼している。
その能力には尊敬すら抱いている。
だから、この無数の魔物を止めろと、割と無茶を言った。
トマリはそれを軽く受け入れて、右手を人とは違う形に変化させる。
本来の、狼のそれに。