1,結婚報告?
アオイはゆったりとお茶を飲んでいた。
横にはコガネがいて、久々の2人きりのお茶会だった。
「明日のフォーン、何か買ってくるものあるかな?」
「私は何もないけど……モエギが何か足りないって言ってたかな」
「じゃあ、あとで確認しないと」
話しながら、お茶を啜る。
独立前からアオイが好んで飲んでいた、アルハニティーというお茶だ。
お茶の時間はゆったりと過ぎていき、片付け始めた頃にシオンがリビングに顔を出した。
「お茶は片付けちゃったよ」
「ええよ。マスター、お客さん」
「はーい」
何となく、来客予想はしていたため驚きはしない。
ただ、誰だろうなーと思いながら店へ向かう。
シオンが呼びに来るときは、顔見知りが来たときだ。
店に居たのは青が混ざった白髪の青年。
雪のような髪をしたこの青年は、普段は常冬の地に引きこもって魔法回路というアオイには理解できないものの研究をしている。
時折リコリスに来て、契約獣たちに魔石への魔力補給をお願いしているので今回もそれかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
その青年、ジーブの後ろに、淡い赤色の目をした女性をが立っていた。
「……結婚報告?」
「違う」
頭を叩かれた。痛い。暴力反対。
確かに第一声がそれはどうかと思うが、だからと言って叩くことはないだろう。
でも普段犬2匹以外と一緒に居ない青年が突然可愛い女性を連れてきたら言われても仕方ないと思う。
女性はアオイに見惚れているようで、2人のやり取りに何も言わなかった。
「違うなら、どうしたの?魔力補給?」
「俺じゃなくて、こっちが」
ジーブはそう言って女性の背を押した。
突然前に出されて、女性は目を白黒させている。
「初めまして。アオイといいます。あなたは?」
「フ、フレアです」
「フレアさんですね。今日は、どういった用でここに?」
尋ねると、フレアは困ったようにジーブを見上げる。
ジーブに促され、戸惑いながら話し始める。
「えっと……妹を、助けたいんです」
「ご病気ですか?」
「いえ、村の生贄にされてしまうんです」
アオイの表情が変わった。
「詳しく話を聞きます。こちらへ」
「は、はい」
「コガネ」
「いるよ」
「トマリも呼んできて。入らなくていいから」
「分かった」
一旦店を出て、客間に案内する。
コガネが入ってきたときにモエギも一緒に入ってきて、お茶を置いて戻って行った。
メイドさんかな?とアオイは思った。
「さて……詳しくお聞きしてもいいですか?」
「はい。……何を、お話したら……」
「そうですね、まず、生贄を求めているのはどのようなモノですか?」
「魔神です。直接見たことはないので、どんな魔神かは分かりませんが……」
「大丈夫です。魔神が生贄を求める頻度は?」
「50年に1度、です。若い女を生贄に」
この世界の人間の平均寿命は60歳だ。
村の老人が1度見たことがあるかどうか、だろう。
「妹さんの歳は?」
「3つ下なので……15歳です」
「なるほど……なぜ妹さんが選ばれたか分かりますか?魔神が指定を?」
「いえ、私と妹が、2人暮らしだからだと思います。両親が死んでから、村の重鎮と疎遠だったので」
アオイが露骨に顔をしかめた。
村のため、と言って1人の命を消すこと自体嫌いな文化だったが、みなしごだから、自分の子ではないから、自分たちとは関りが少ないから、と人を選ぶやり方はそれ以上に嫌いだった。
「生贄の儀式はいつですか?」
「次の新月の日です」
この間新月が来たばかりである。
約1か月は時間があるようだ。
「分かりました。色々と調べてみるので、良ければしばらくここに泊ってください」
「でも、いいんですか?」
「はい。ジーブはそのつもりでしょうし」
「当たり前だろ」
ジーブはいくつかある客間の内、自分が来たときに使っている部屋に荷物を置きに行った。
フレアへの説明はジーブに任せて、アオイはコガネを連れて客間を出る。
そして、外の陰に沈むようにして待っていたトマリに声をかけた。
「聞こえてた?」
「おう。何を調べりゃいいんだ?」
「魔神の詳しい情報と、倒し方」
「いいのか?」
「今日聞きに行ってくる。駄目ならそう言う」
「分かった。行ってくる」
「お願いね」
トマリは要件を聞いて、森の中に入って行った。
アオイは夢を見ていた。
正確には、夢を通して会いに行っていた。
意識は自分の部屋から、自分の身体から離れて、真っ白な空間に行く。
しばらくその白い空間に居ると、周りに色が付き始める。
風景が映し出されて、扉が開いた。
「ああ、君か。いらっしゃい」
「お邪魔します」
扉を開けたのは、コガネによく似た青年だった。
だが、コガネより落ち着いた雰囲気がある。
コガネはあれで子供なので、まだまだ落ち着きがないところがあるのだ。魔法特化種族なのにドロップキックとかするし。
「主。愛し子が来ましたよ」
「ん?おお、来たか」
アオイは白さんと呼んでいる青年のあとについて行き、奥の部屋に居た黒髪の中性的な男性に駆け寄る。
男性は手を広げて待っており、その腕の中に飛び込んだ。
兄に甘える感覚だった。
「何かあったのか?」
「聞きたいことがあるの」
腕の中から男性を見上げて、アオイは言った。
白さんが無言でイスを引いたので、2人共大人しく座る。
「生贄を求める魔神を倒すのは、反すること?」
「いや、それも選択だろう」
「うーん……なら、いいのか……」
「壊すのか?」
「私は、出来た子じゃないから。守るためでも、嫌なものは嫌なの」
そう言って目を逸らしたアオイの頭を、男性は撫でる。
「好きにするといい。それがお主の選択だ」
「難しい言い回しやめよう?」
「生憎、もう治らん」
男性はそう言って立ち上がる。
あまり長居すると、アオイの翌日の体調に影響が出る。
最後にもう一度抱きしめて、男性は扉を開けた。
「行っておいで、我が愛し子よ」
「はい。また来ますね」
「ああ。待っているよ」
男性とアオイはよく似た微笑みを浮かべ、アオイの意識は体に戻っていく。
目を開けると、窓から朝日が入り込んできていた。
体調に問題はない。
魔神を倒すのも、問題ないらしい。
「詳しいことはトマリが帰ってきてから、だなぁ」
アオイは呟いてベッドから降りた。