0,新興国
フォーンは、ここ数百年で唯一の「新しい」国だ。
フォーン以外の国は、出来てから少なくとも800年ほどが経っている。
この世界は国を造れる場所が限られており、国同士の戦争がない。
それは魔物と戦うための協定であり、その均衡を崩しかねない「新たな国」は歓迎できるものではなかった。
だが、フォーンは出来た。
出来たのは今から8年前である。
8年前、魔王を討ち果たした勇者が求めた褒美が、新たに国を造ることだった。
王位なら渡す、と言った国は多くあったが、勇者は王位が欲しいわけではない、とその全てを跳ね除けて許可を取り、フォーンを造った。
それ故か、フォーンの法は他国と大きく異なる部分があった。
《いかなる理由があれ、種族を貶めることを禁ず》
それは、獣人や亜人に対する差別を禁止したものであり、獣人は獣と血を混ぜた愚かな者、亜人は人から外れた汚らわしい者、人間こそが至上である。という考えが一般的なこの世界では初めての物であり、人間こそが頂点であると考える者たちの反発を招いた。
だが、それ以上にフォーンには人が集まった。
その多くは差別を受けていた者であり、そうでなくても差別に疑問を抱いていた者だった。
獣人や亜人は、基本として人間より遥かに優れた部分がある。
その者たちが力を尽くし、初期のフォーンを支えた。
そうすると新たに人が集まり、国は大きくなっていく。
結果、フォーンは栄えた。
多くの人が行きかい、多くの人が暮らす国になった。
最近では「学校」という世界初の施設が作られ、それを目当てに若者が集まるようになっていた。
そんなフォーンで、今日新たに冒険者として登録を済ませた少年がいた。
若く、自分の実力を見誤らない冷静さを持った将来有望な少年だ。
少年はこれから起こるであろう冒険に心を躍らせ、基礎を教わるために先輩冒険者と一時的にパーティーを組んで、これから道具を揃えるところだった。
先輩たちは、多少ガラは悪いがいい人たちである。今後の冒険で役立つことをたくさん教えてくれた。
少ない予算の中で装備を選び、次に1人で来たときに見るべき場所を教わった。
道具を選び、壊れた時の修理屋を教わった。
あとは消耗品を、となった時、先輩たちはとある馬車を指さした。
いや、正確には馬車ではない。それを引いているのは人だった。
だがそれだけなら魔法や魔道具を使って出来ることだ。それに、ここは人より筋力に優れた獣人の多い国、そう目立つものではない。その手引き車が目立つのは、やけに立派なせいだ。
かなり大きく立派で、屋根が付いている。よく見ると店の看板のようなものも付いていた。
馬車の後ろは壁がなく、白い髪をした青年が足を投げ出して座っていた。
フォーンに店を出すのは、それほど難しいことではない。だがそれはフォーンに住んでいるなら、の話であり、外部から来て移動しながら商品を売るのには特別な許可がいるはずだ。
その許可をもらう手続きは面倒であり、この形の店は多くない。
先輩たちは迷いなくその店を追いかけ、白い髪の青年に声をかけた。
声をかけられ、青年はこちらに目を寄こす。
白髪は珍しくないが、純白と言えるその髪は目につく。その特徴的な髪と同じ色の長いまつ毛に縁取られた黄金の目が向けられ、一瞬息が詰まった。
青年はこちらを確認して手元に置かれた小さな鈴を鳴らした。
店が止まる。
「よお!久しぶりだな兄ちゃん!」
「しばらく見なかったから死んだかと思ったぞ」
「そう簡単にくたばらねぇよ!」
常連なのか、慣れたように軽口を叩く先輩たちに押し出され、青年の前に立つ。
「今日登録したばっかの新人だ。良くしてやってくれよ」
「問題を起こさなければ売る。贔屓はしないぞ」
何がいるんだ?とこちらに目を向けてきた青年に、上ずった声でポーションとハイポーションを3個ずつ、と答える。
後ろに置かれた箱からポーションが取り出され、並べられる。
「120ヤルだ」
言われた額を手渡すと、袋に入れるか聞かれたので首を振る。
買ったポーションを仕舞っている間に先輩たちも買い物を済ませていた。
「この店で悪さしねぇ方がいいぞ」
「この兄ちゃん、めちゃくちゃ強えからな!」
先輩たちからそう言われても、青年は何も返さず手元の紙に何かを書き込んでいる。
その姿はやけに美しく、戦う姿は想像できなかった。
「前なんて、金払わねぇで逃げようとした奴を5秒くらいで捕まえてな!」
「その時の兄ちゃんの怖いこと怖いこと」
「別に特別なことはしてない。捕まえて金を払わせて、顔を覚えてもう二度と売らないだけだ」
涼しい顔をして言った青年は、もう買う物はないか聞いてくる。
「おう!……ポーション系を買うならこの店な。大体1週間に1回くらい来るからよ」
「適当なことを教えるな。フォーンに来るのは6日に1度だ。3日ごとにフォーンとイピリアに売りに出るから、買うものがあるなら探してくれ」
他には何もないな、と言って、青年は再び手元の鈴を鳴らした。
店が動き始める。
去って行く店を眺めながら、先輩たちに話しかける。
「なんだか、不思議な店ですね」
「そうだろ?ポーションの質がめちゃくちゃいいんだ。値段も安めだしな」
「あの兄ちゃんたち、迷いの森の女神の使いだって噂があんだよ。実際そうでもおかしくねぇと思うぜ」
迷いの森の女神。それは、ここ数年で騒がれ始めた噂だ。
魔物が巣食う迷いの森の中に女神が住んでおり、その住まいに辿りつければ助けてもらえる、という物である。
ただの噂かと思えば、実際助けられたという者が現れたり、迷いの森で倒れて気付いたら森の外にいた、という者が多く現れたりしているので、本当に女神がいるのではないか、と思われている。
実際に助けられたという者が、口を揃えて見たこともない見事な黒髪の、これ以上なく美しい女性だったと言っているのも、信じられている要因の1つだろう。
迷いの森は、フォーンから遠くない。
日帰りで狩りに出られる距離だ。
もう1つ、先ほどの青年が店を出している、と言ったイピリアも迷いの森に近い。
確かに、女神の使いでもおかしくないかもしれない。
店の看板に書かれていた、「薬屋・リコリス」という文字が、やけに記憶に残った。
初めまして、もしくはこんにちは。瓶覗と申します。
2作目の長編で、1作目と同じ世界観で書いているので、説明した気になって忘れているところがあるかもしれません。
もしあったら教えていただけると幸いです。