その六:一難去ったら十難くらいまとめて降ってきた
「先程は大変お世話になりました。それと・・・一体何者ですかあなたは。」
今俺の自室には3人の人間がいた。俺とクラリスと件の謎の女剣士。
「何者かって、あんたの上司に雇われたしがない元賞金稼ぎだよ。」
「いやそうじゃなくてですね。」
「ああ名前かい?そうだな・・・ファントムとでも呼んでくれ。」
「・・・」
会話が噛み合わない。機を取りなし、咳払いをしてから切り出す。
「あなた、界隈ではそれなりに名の知れた存在のようですが心当たりは?」
「ああ、大した話じゃ無いんだがねえ。」
嘘つけ。明らかに頬が緩んでる。絶対に聞いて欲しかっただろあんた・・・
「いや、本当に大したことは無いんだがね。賞金首だった強盗団の頭目がいたんだがね、そいつをアジトに忍び込んで引っ捕らえたりとか、政府軍のお偉いさんを戦闘に紛れて拉致ったり、心当たりはそんくらいしか無いのに何故か『亡霊の女王』なんて小洒落たあだ名を貰っちまった訳さ。」
「凄いですね!」
苦笑いをかみ殺している俺とは違い、クラリスが目を丸くして話に食い付く。
「いやあお嬢ちゃんみたいなカワイイ子に褒めて貰えるとは光栄だなあ。」
「ゴホン!で、その女王陛下が何故財務省に雇われてるんですか。で、あとなんでさも当然の如く私の執務室にいるんですか。」
咳払いをして尋ねるが、相手はこちらの意図などお構いなしのようだ。
「いやー、ちっとばかし有名になりすぎて顔が割れちまったもんでね。そろそろ転職しようかと思ってたらお宅からお誘いがかかってね。宮仕えにあんま良いイメージは無かったんだが、担当の人が感じよかったのと報酬が良かったんで、こっちで働くことにしたわけさ。」
「・・・で、もう一つの質問に答えてくれませんか。」
「ん?なんだっけ?」
とぼけているのか本気なのか図りかねる表情で聞き返してきた。さすがにそろそろ顔から愛想笑いを消したくなってくる。
「なんで私の部屋に居座ってるのかって事です。」
「ああそれ。大臣補佐のところの秘書の子が可愛いって聞いたもんだから。休憩時間なんだろ、今。」
「え?か、可愛いだなんて褒めても何も出ませんよー」
クラリスはうろたえながらも喜んでいる。
まあ確かに顔立ちはとてもいいとは思う。だから玉の輿狙いだとか噂が立つわけだ。しかしわざわざ部屋に乗り込んでまで見に来るようなものなのだろうか。幾ら休憩時間とは言え。
「・・・本気ですかそれ。」
「うん本気だよ。」
「そうですか・・・」
呆れて二の句が継げない。
ちょうど良いところに商業省からの文書が届いた。例のルグラン書記官の事件の情報交換と、予算案の調整のために来て欲しいとのこと。俺は渡りに舟とばかりに書類をまとめて商業省へ向かった。
「いやあ、汚れた金を綺麗にする手があるとはね。」
商業省の1室で、ドミニク・ユベール大臣は無精ヒゲをさすりながら呟いた。
ルグラン書記官は、横領した金を一時銀行に保管した後、そこを介して投資を行っていた。横領して得た「汚い金」を正当に得た「きれいな金」にするためだ。銀行の誕生によって、以前よりも格段に投資の利便性が向上した反面、このような犯罪の幇助に利用されてしまっていたのだ。
金融業界は新しく出来た業界ゆえ、未だ綿密な法整備が出来ていない。その為、各種知能犯罪の温床となってしまっていると言われている。
「まあ、まだまだ発展途上ってことさね。と言うわけでテオ君。」
大臣が俺に向き直って言う。
「予算ちょーだい。」
「ちょーだいって・・・」
少々フランクが過ぎる物言いだ。とても他省の重鎮(若造が臨時で就いているが)への言葉とは思えない。
「まあまあ気にするな。公式の場じゃないんだ。堅くなることも無いだろう。」
しかし、そういった型式を重視しない姿勢が彼には成功を、国には黒字をもたらしたのである。
「で、どうなの予算。くれるの?くれないの?その為に君を呼んだんだよ。」
「具体的に幾ら欲しいんですか。」
「去年は七十五億だったじゃん。これをなんとか八十億くらいまで上げられない?」
「不可能では無いと思いますが、私の一存では決定が出来ないのでなんとも返答しかねます。」
実際そうであったし、他に答えようが無かった。
「まあそうだよね。そろそろ交代するもんね、大臣補佐。」
「省内の機密に属する事項ゆえお答えしかねます。」
「お堅いねえ。もうじきぶっ倒れたフェリエさんが帰ってくる頃だろう。さしずめ君はひら書記官に格下げされて監査部あたりの部長職ってとこだろう。まあ二十半ばなら充分だよ。」
「・・・」
思わず言葉が出ない。なんでこの人は財務省のことにこんなに詳しいのだろうか。
「おお、図星かい。しかしこうやってゆっくり雑談出来るのを見ると、悪名高い財務大臣補佐官も随分ましな仕事になったようだな。」
「はい。幾名もの尊い犠牲こそありましたが。」
「犠牲ねえ。」
お互いに肩をすくめて苦笑を交わし合う。
さて、油売るのはそろそろしまいにしようか、そんなことを考えていた時だった。
ダン!
不意に部屋の扉が乱暴に開かれた。商業省の職員が息も絶え絶えに飛び込んでくる。
「大臣!国王陛下より緊急の御前会議を開催するとのこと!直ちに王宮へ!」
「緊急の御前会議?!」
大臣の顔が途端に強張る。そうもなる。御前会議なんて余程の事が無い限り開かれない。平時は年一回、年始に開催するのみだ。緊急の御前会議が開かれたのは『司法省の洪水』以来だろう。
「わかった。すぐに向かう。ほれ、テオ君、君も一緒に来たまえ。御前会議は大臣補佐も出席だぞ。」
「そう言えばそうでしたね。ご一緒させて頂きます。」
やっと訪れようとしている安寧を波乱に台無しにされそうなのを恨みつつ、俺は王宮へ駆け出した。
王宮の大広間は、そわそわとした政府高官で溢れていた。誰もが辺りを見回したり、腕を組んで考え込んだりしている。
「では皆さんお揃いの様ですので御前会議を始めさせて頂きます。」
司会を務める王宮秘書官が落ち着かない口調で口火を切る。
「まず、ラファルグ軍務大臣よりご説明をお願いいたします。」
白髪だが恰幅の良い老将が立ち上がる。年齢を感じさせない堂々とした立派な立ち姿だが、深刻な表情は隠し切れていなかった。
「軍務大臣ラファルグです。今しがた部下から報告が入りまして・・・」
彼は大きく息を吸って吐き出すように言った。
「伝承の魔王が復活したとの事です。」
「は?」
会議中にもかかわらず思わずそんな言葉が口をついて出た。
一度感情を抑えつけ、軍務大臣の言葉を反芻する。
「魔王の復活」どうやら、魔王の復活が近いとする軍務省の見立ては正しかったようだ。伝承によればあと二百年ほど先のことなので予算欲しさのデタラメかと聞き流していたがそうではないらしい。それで急に来年の予算を倍にしろとか言ってきた訳か。
そうこうしている合間に広間はざわめきに包み込まれていた。落ち着き無くあたりを見回す者、呆然のあまり微動だにしない者、私語をする者、様々であった。
「魔王は魔物達を糾合、魔王軍を名乗り、内戦中のロンド共和国へ侵攻を開始したとの事です。」
「質問です。ロンド共和国とおっしゃいましたが、反乱軍でしょうか議会軍でしょうか。」
誰かが質問を投げかける。
「両方です。長期の内戦でお互いに疲弊していたため、数で圧倒的に勝る魔王軍に為す術が無いとのこと。そこで軍務省としては直ちにロンドへ派兵を行うべきと考えます。ロンドを抑えられ地盤を確保されては次に獲物となるは我が国です。どうぞご決断を!」
上座のエヴァリスト王はそれには答えずゆっくりと向きを変えて言った。決して特別頭が切れるとか言うわけでないが、配下の言うことをよく聞き、その善し悪しを判断することにかけては右に出る者はいなかった。司法省の洪水が実行されたのも、陛下の協力があってだった。
「財務大臣、そちの意見はどうだ?財政は持ちそうか。」
「なんともお答えしかねます。不測の事態に備えた蓄えがありますが、そればかりに頼るわけにもまいりませんし、多少の増税はやむを得ないかと。また、戦時の負担は戦況に大きく左右されます故、現時点でははっきりとしたことは申し上げられません。」
「陛下!提案がございます。」
スクッと立ち上がったのはユベール大臣だった。
「よかろう。話してみたまえ。」
「鉄鋼業など、戦により需要が増すとみられる産業に支援を行って戦時特需を誘発させ、軍事費を回収いたしましょう。勝算は十分にあります。」
「ふむ。妙案だな。これについて反対意見は?ないな。では商業大臣の意見は採用とする。では次に・・・」
ダン!
不意に大広間の扉が乱暴に開かれ、一人の兵士が飛び込んできた。そこはかとない既視感を覚えたが、彼の報告は会議を再び混乱へと突き落とした。
「王女殿下が・・・!王女殿下が魔王の手の者により連れ去られました!!」
辺りは蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。国王が閣僚をなだめて事情を説明させる。なんでも、御前会議の警備に人手が割かれたところを上空から飛行が出来る魔物に狙われたらしい。無論護衛はついていたものの、十人足らずで五十匹を超える魔物をどう捌けと言うのだろう。精鋭揃いだった護衛は奮闘し、敵の半数近くを倒したが、隙を突かれて王女を連れ去られたという。
「テレーズの事も心配と言えば心配ですがこちらにとって悪い話ばかりでもないでしょう。俺はそれよりもアルノルトの奴がなにかやらかさないか心配ですね。何かあったら国際問題ですよ。」
不謹慎な発言に場の全員が声の主を見る。もっとも、王女を「テレーズ」と呼び捨てにできる人間などこの国に数えるほどしかいないのだが。
「王太子殿下。それは如何なる事で。」
ジェラルド王太子。上に立つ者としての優れた資質を見せる父王や、常に笑顔で人々に分け隔て無く接して国民の人気を一身に集める妹王女と比べ、言い方は失礼だが、カリスマ性とか品位とかやる気とかそういう物が一切感じられない王族。特に一番最後。
「テレーズの国民からの人気は抜群。それが魔王軍に捕まったとなれば囚われの姫君を救出せんと軍の士気は天を衝かんばかりのものとなるでしょう。外征への国民の反対も微々たるものとなるはずです。」
だが、こういうときの冷静さ、聡明さにおいて、臣下は舌を巻き通しだ。
「なるほど。して、アルノルト皇太子が心配とは・・・」
アルノルト・バルシュミーデ皇太子。同盟国ベルギア帝国から国家間友好も兼ねた留学に来ている皇太子。端麗な容姿と温和な性格から、社交界の女性達の憧れの的となっている。テレーズ王女との仲睦まじい様子も有名で、近い将来似合いの夫婦に・・・とか噂されるお方だ。
「アルノルトは確かに頭がいいし、いい奴だし、剣の腕もたちます。しかしはっきり言ってあいつは頭のいい馬鹿です。あいつは頭に血が上ると、自分が皇太子だということは勿論、自分が人間だという事も忘れちまうんです。皆さんご存じの通りあいつはテレーズと凄く仲がいいでしょう。はっきり言って俺とテレーズよりも仲がいい。そんなテレーズが攫われたと知りゃあ馬鹿をやらかしても不思議はありません。」
「まあ、そちらはおいおい考えよう。軍務大臣、派兵の件はベルギア帝国、ルチア連邦と協議の上決定する。兵は神速を尊ぶと言うが、我が国だけの問題では無いためやむを得ん。だが王女が拉致された以上例え我が国単独でも派兵は行わなければならん。主力を全てロンド国境に配置し、命令を待て。命令があればすぐに作戦行動に移れるように。」
「御意。」
「商業大臣、財務大臣、特需の件はそちらに一任する。頼んだぞ。」
「承知いたしました。」
「皆、質問はないな。では各々抜かりなく。解散!」
陛下がやや急ぎ足ながら、閣議をまとめ、結論を下す。平静を装っているとはいえ愛娘を攫われ不安でしょうが無いはずなのに大した方だ
「これからどうなるのでしょうか大臣。」
「わからん。私だってこんなことは初めてだ。聞かれたところで答えようがない。」
王宮から帰る途上、思わず大臣に尋ねる。そりゃそうだ。魔王の復活など八百年ぶり、前回の経験がある人間などいようはずもない。
「だが、我々は財務省だ。それは魔王が現れようと変わらん。我々は我々の職務を持って魔王と戦い、国を守らなければならない。それだけは確かだ。」
「それだけ分かれば十分だと思いますよ。」
「・・・そうだろうな。」
今までどこか冴えない印象のあったソニエール大臣の横顔が、いつになく引き締まって見える。こうなった以上、俺だって腹を括らなければならない。魔界の連中に一つ、経済力の大切さを教えてやるとしますか。
御前会議にて魔王の復活が報告されてから一週間後、事の次第が報じられ、国中が打倒魔王軍とばかりに色めき立つ中、軍務省と戦費の試算を行ったり、商業省と製造業への金のばらまきを画策したりしていた俺のもとに、新たな辞令が届けられた。