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ファンタジー世界のエリート官僚がブラックに働く話  作者: 彷徨いさん
第1章:大臣補佐官編
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その一:こんな栄転は嫌だ!

 上司からの突然の呼び出し。大概の勤め人と呼ばれる人々にとってそれはイヤな予感を呼び起こすものだろう。そしてその予感が当たっていることはままあることだ。この呼び出しが俺の不幸の始まりだった。

 俺はテオドール・バルリエ。ここロール王国の役人だ。ただの役人ではない。財務省のNO4にあたる重職、次席書記官だ。法学院を首席で卒業して財務省に入って以降、出世コースを爆進してきた俺は、つい先日二十六歳という前例のない若さでこの職に就任したばかりだ。

 そんな俺が上司である財務大臣に呼び出しをくらった。しかも来年度の予算案の調整を行っている繁忙期にである。いい予感がしようはずはない。一体何事かと急いで大臣の下へ向かうと、財務省のトップであるアラン・ソニエール大臣のみならず、NO3であるロベルト・アガッツィ主席書記官も一緒だった。

 NO2の大臣補佐官がいない。俺はまさかと思った。大臣がチラッと主席書記官に目配せをして重そうな口を開いて語り始める。

 「えー。今日君を呼び出したのは他でもない。次席書記官に昇進して早々申し訳ないが、君に新たな辞令が発令されたんだ。栄転だよ。うん。」

「辞令・・・ですか。」

やはりか。その栄転とやらの理由に幾つも心当たりがあったからだ。補佐官がいないのもその一つだ

「ああ。実は、今朝ジェルボー大臣補佐官が急病で辞任されたんだ。命に別状は無いんだが、心臓の具合がよろしくないようでね。しばらくは絶対安静だそうだ。と、言うわけで、次席書記官の君を新しく大臣補佐官にしようというわけだ。アガッツィ主席書記官たってのご推薦でね。栄転だぞ・・・」

そう言った大臣の目には罪悪感が満ち満ちていた。主席書記官もばつが悪そうに俺から目を背ける。

「一応お聞きしますが、私に拒否権はありますか?」

「・・・」

「お答え願います。」

「・・・すまない。命令だ。」


 「嫌だ!!!!」

気づけば俺は年甲斐もなくそう叫んでいた。


 事の発端は一ヶ月前のタレーラン大臣補佐官の勇退にまで遡る。三十年前の七省設立によって財務省含む七つの省が設立されて以来、大臣職を断ってずっと大臣補佐官を務め続けてきた彼の勇退は、「せめて新年度になってからに」と反対も呼んだが、七十歳の誕生日を迎えたら辞めると前々から言っていたこともあり、端から見れば妥当なことだった。

 その一週間後、問題が発生する。後任のフェリエ新補佐官が急病を発症し意識不明となったのだ。結果的になんとか一命を取り留め意識も回復したが、三日間あの世とこの世を行ったり来たりしていたため、辞職、療養を余儀なくされた。これだけなら不幸な話で済んだだろう。だが、その三日後、後任のカルリエ氏が精神に異常をきたし、やはり辞任した。財務省上層部をそら寒いものが走り回った。今度は三日後、またもや後任のシャミナード氏が急病で倒れ辞任。周囲の疑惑は確信へとレベルアップした。そして今回ジェルボー氏が倒れ、四人目となったと言うわけだ。

 もともと、俺の異例の出世は、このように上層部の辞職者が相次いだためだ。ではなぜ補佐官はなった人間がことごとく心身を病んでしまうのか。答えは明瞭だ。

 激務が過ぎる。それだけだ。

 タレーラン元大臣補佐官は、ずば抜けた能力を発揮して今まで財務省を支えてきた。多才で、人柄も清廉な人物だが、二つほど大きな欠点があった。一つは超人的なワーカホリックで、なんでもかんでも自分の仕事にしてしまうこと。もう一つはそんな自分が世間一般と比べて普通だと堅く信じ込んでいる事であった。有名な話にこういうものがある。

 タレーラン氏の親が亡くなったときに、彼を心配した部下に対し彼はこう言った。「君はなんの心配をしているんだ。私には仕事があるじゃないか。」と言ったそうだ。

 病的なまでに仕事に励んだ結果、タレーラン補佐官が退いた後に大臣補佐官の座に残ったのは、財務省全体の二割とも三割とも言われる仕事だけである。他に残ったものがないでもないが、仕事に比べれば何もかも霞んで見えた。

 無論、タレーラン氏が辞める前にソニエール大臣は後任の事を考えて、補佐官の仕事の分散を図った。だが、すぐにタレーラン氏にばれ、中止に追い込まれてしまった。なにせ文書の監査権を握っていたのは彼なのだ。財務省の文書は全て彼の下で監査を受ける。バレない方が不思議だった。

 彼の追求を受けた大臣は、自分達の抱えていた不安を正直に話して妥協を求めた。しかし、彼はこう言ったそうだ。

「後任の為だと言いますが大臣は後任を見くびっていらっしゃいませんか。なぜこれくらいの仕事がこなせないと思うのです?そのような者はこの仕事を辞めるべきでしょう。」

 大真面目にそう言ってのけた年上の補佐官に対し、彼は返す言葉が見つからなかったという。


 「いや、本当にすまないと思っているんだ。」

その夜、近所のバーに俺を呼び出したロベルト・アガッツィ主席書記官は開口一番にそう言い放った。

「お前のことはかわいい部下だと思っているさ。だけど俺には独り身のお前と違って家庭があるんだ。かかあも子供もいる。それにお前はまだ二十代じゃないか。五十目前の俺よりは体が動くだろう。なあ理解しちゃくれないか。」

「それが俺を『売った』理由ですか。ロベルトさん?」

 倒れた大臣補佐四人は全員もとは主席書記官だった。今回も一番に打診を受けたのはロベルトさんだろう。だが、彼はそれを断固拒否し、代わりに俺を推したらしい。

 ロベルトさんはもともとは隣国、ルチアからの移民の出身で、法学院を出ておらず一官吏から身を立てて高位まで成り上がった人だ。そんなロベルトさんと、貴族の生まれで何不自由なく幼少期を過ごし、法学院に進学して首席で卒業という生粋のエリート(自分で言うのもなんだが)である俺は、本来なら相容れない存在かもしれない。実際、ロベルトさんから冷たい視線を注がれているエリート組を俺はいくらか知っている。しかし、俺はロベルトさんにかわいがって貰っており、家にお呼ばれしたことも一度や二度ではない。ロベルトさん曰く、「仕事か人柄、どっちか欠けてる奴は好きじゃねえ。両方欠けてる奴は嫌いだ。」ということらしい。

 俺はそんなロベルトさんに面倒な仕事を体よく押しつけられた訳だ。

「本当に頼れるのがお前しかいないんだ。面倒だからって無能にやらせられる仕事じゃない。あっという間に財務省が根元から傾く。あと二週間くらいで常識的な仕事量に減る予定だから受けてくれって。」

 「わかってますよ。さっきは思わず駄々こねましたけどやりますから。」

「恩に着る。勿論俺達もできる限りの協力はさせて貰うが、頼んだぞ。」

「しっかり頼まれました。」

 「出世祝いだ。俺が奢るから飲んでけ。」

「遠慮させて貰います。明日から仕事なんで。初日から二日酔いってのはまずいですから。」

なにより周囲からの視線が痛い。俺達は二人とも、仕事が終わってそのまま来ているから、着替えなどしていない。二人とも黒地に黄線が四本入ったローブを来ている。黄線は財務省を、四本は書記官以上大臣未満の地位を表すから、宮仕えをしている人間には、財務省のお偉いさんであることがバレバレなのだ。

 そしてこのバーは、場末のバーと言うほどでは無いが、高級路線とは言えない中流のバーで、平役人の溜まり場となっている。もう言わんとすることはわかるだろう。

 俺はロベルトさんがルチア産のベルなんとかいう酒を注文しているのを尻目に足早にバーを出て行った。

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