第1話 異質
初投稿です。
生きるとは、この世でいちばん稀なことだ。
たいていの人は、ただ存在しているだけである。
オスカー・ワイルド
生き物は、皆いつかは死ぬ。
けれど二回死ぬ生物は人間だけだ。
一度目は物理的な死。
心臓が止まり、脳細胞が死滅することによって訪れる。
二度目は、忘却。忘れられること。
だれの記憶からも消え、気にも止められなくなってはじめて、
人は、
いなくなることを、
許される。
ゆっくり、開眼する。
見知らぬ天井を拝んだ。なんだ、この灰色模様は。
上体を起こすと、これまた見知らぬ部屋。少なくとも、自分の知るどの部屋にも当てはまらない。
「あれッ・・・」
自分が寝ていたベッドから降りて今度は自分の様子を確認する。特に変わった様子はなかった。いたって普通。いつもよく着ている服だ。
「おかしいぞ。」
部屋を歩きながら考える。えらく殺風景な部屋を。靴下を履いているので足音がしない。コツコツともペタペタとも。
そう。おかしいのだ。
自分がこの部屋にいることも。
こうしてそれを疑問に思うのも。
自分は確かに、自殺をしたはずなのに。
死に損なったか。そうに違いない。するとここは病院か。だが、こんな粗末な病室があるものなのか。
色々考えてみる。
夢なのか。現なのか。
この世なのか。あの世なのか。
そもそも自分は自分なのか。
もしかしたら記憶障害?
一体なにがあってここにいる。
一度考え出したら止まらなかった。
ガチャリ。
振り向くとそこに少女がいた。
別にふざけている訳ではない。確かに映っている。
髪は肩までの長さで、白髪。目は黄色という見慣れない色。
服は何かの制服のよう。長めの黒い靴下に、膝辺りまでの長さのスカート。
その佇まいは初対面にもかかわらず、なにか異質なものを感じさせた。直感的に自分とは違うような印象を。
キレイだ。それが第一印象だった。
「気がつきましたか。」
喋った。いや普通のことだが。
とっさに返す言葉が浮かばなかったので、頷く。
「ではコチラヘ。」
そう言って名も知らぬ彼女はそそくさと行ってしまった。
さて、着いていって良いものか。
印象が悪くないとはいえこの状況だ。そう素直になっていいのだろうか。ただでさえ今困惑しているのに。
少し迷って、結局着いていくことにした。どうせ死ぬ身の上だったのだ。首を吊るあの時の緊張に比べれば。
外の廊下に出るとさっきの子が待っていた。自分の姿を確認すると、また歩きだした。
廊下も相変わらず、あの部屋と似たような印象だった。電気がついている所を見ると今は夜か。
「あの、あなたは何ですか。」
「ジェネとお呼びください。」
こちらを振り向かずスッと答えた。素っ気ない。
しかし、ずいぶんこの建物は広いようだ。窓がないから外の様子が分からないが。
天井を眺めたり、地面を見たり、前を向いたりしながら歩いていると、ドアの前にたった。この中に入るのだろうか。というか、自分とこの子意外にも誰かいるのか。
ジェネはそのドアを開け、中を伺う。
こちらからは暗くて中が分からない。
そしてなにも言わずに閉じる。また歩き出す。
ここじゃないのか。
あそこには何があるのか。
あ、そうか。きっとさっきの自分の様にまだ起きていない人がいるのだ。だからソッとしていたのだろう。
まさかここにくる人は全員、自殺未遂者なのだろうか。だとしたら話が合うかな。自分が送ってきた苦痛かを理解しあえるのだろうか。
角を右に曲がって次のドアを開ける。
「こちらです。」
そう言ってドアを開けたままジェネは道を譲った。
女子にエスコートされるのは、なんか違和感があるな。まあ、わざわざ指摘するほど自分は小さい人間じゃないが。
中へ、足を、踏み入れる。
「えッ・・・」
また、変な声が出てしまった。しかし、当然だ。
これが当たり前の反応。返し方の模範解答。
きっと誰だって同じようにした。
そこにいたのは三人。
一人は、両腕がない。
全身を包帯でぐるぐる巻きにし、その上に旧日本軍の軍服のような服を着ていた。
そいつはこちらを向くとニヤッと笑い、黄色い歯を浮かばせながらいった。
「よう、不幸者。」
一人は、女。口が裂けた女。
その異様なまでに巨大な口には、怪獣みたいな歯が生え揃っていた。そんな不気味な顔とは裏腹に、服装はラフだった。
「えっと、大丈夫?」
一人は、人ですらない。
エビのような甲殻類じみた顔をしたナニカが、スーツを着込んでいる。そいつはこちらをゆっくり見ると
「君も目が覚めたか。どうだい、調子は。」
こう訪ねてきた。
こんな目を疑うようなわけの分からない連中が。
部屋の中央の大きなテーブルの椅子にそれぞれ座っていた。
自分が唖然としている間にジェネはいつの間にかテーブルの方へ歩いていき、女とエビの間に座った。
「さあ。あなたも座ってください。」
まるでやつらと同類であるかのように、彼女は言ったのだった。